見出し画像

中古家具屋RESTYLE、起業ストーリー。最終章 修行〜独立編

今年の6月で起業して18周年。人間でいうと成人の年。
やっと半人前くらいになったかなーという感じです。

よく、何歳の時に独立したんですか?
なんでこの仕事始めたんですか? 
以前は家具業界で働いていたんですか?
などなど、お客さんや取引先の方などに聞かれることがよくあります。

18年前は、大した信念も目的も目標も大義名分もなく、なんとなく勢いで始めたこの仕事。
はっきり言って自分の中では人に語れるようなストーリーなんてないつもりなのですが、
聞かれた時に少し話してみると意外や意外、前のめりで聞いてくださる方もいたりして。

なので、大したストーリーではありませんが、18周年、RESTYLEが成人になった節目として少し語ろうかと思います。

今回は第4回目、最終章 修行〜独立編です。

これまでの記事は下記から是非ご覧ください。

その1、生い立ち〜学生〜就職編

その2、就職〜長野オリンピック〜退職編。

その3、退職〜無職〜就職編

リサイクルショップで修行!

設計事務所を辞め、名古屋のリサイクルショップに就職が決まり、修行の日々が始まりました。
2003年でしたので28歳の時です。
面接の時に独立開業のための勉強で入社したい旨を伝えた上で、採用してもらいました。

そのリサイクルショップは現在は8店舗を展開する名古屋では有名なお店です。当時は、名古屋と岐阜で3店舗でしたが、まだ、リサイクルショップ自体も少なかったこともあり、その頃から名古屋リサイクル業界ではTOP企業でした。

そこに入社して配属になったのは、インターネット販売事業部。ヤフオクで販売する部署です。
お店ではなく、社長がいる事務所兼倉庫にある部署で、まだまだネット販売をやっているところも少ない頃なので社長の肝入りの部署でした。

入荷した中古の家具などをキレイに清掃し撮影をして、商品説明などの文言を考え、出品する。
そして、落札されたら梱包し発送する。
この一連の作業を品物ごとに1人が担当して販売していきます。

このヤフオク担当部署は私が入った時はまだ、正社員の女性が1名、パートアルバイト女性が1名、そして私の3名体制でした。

この頃は何かメーカーがあれば面白いほどに金額が競り上がり、高値で落札されていました。
カッシーナ、アルフレックスなんかは飛ぶように売れていましたし、カリモク、マルニ、フクラ、飛騨産業などなどの国内メーカーも、どんどん売れていました。

原価5,000円のチェアが50,000円で落札とか、50,000円が250,000円とかはザラで毎週どんどん出品してはバシバシ高額で落札されていました。

仕入れたら仕入れただけ売れる状況なので、こうなったら、どんどん仕入れないといけません。
なので、
入社1、2ヶ月で、社長と一緒に古物市場に仕入れに数回行って、その後1人で神戸の古物市場の仕入れを任されることに。
朝は5時頃に2tトラックで出発して、一日中セリで仕入れてトラックに積み込んでその日のうちに帰ってくる感じです。

それから関東の古物市場を新規開拓することになり、湘南の市場に行くことに。
関東は関西の競り方と違って、市場では符丁を使い、さらにポンヤリ(この説明はまたの機会に)というやり方だったので最初は戸惑いましたが、その頃の私はまだまだ若い20代なのでそこはすぐに順応しておりました。

ヒャッカン!! シヒャカン! センマイ! ジュッカンメ!
などと覚えたての符丁を玄人っぽく得意げに使っていたもんです。

そんへんの古物市場や符丁についてはまた別の機会で。

そんなこんなで1人で西へ東へ古物市場へ出向いて大量に仕入れておりました。
宿泊代など出るはずもなく、フラフラになりながら夜中にトラックでトンボ帰りして、帰宅は夜中の1時や2時。
次の朝にはお店でトラックを使うので、早めに出社して荷下ろしをしてました。
もちろん残業代も出張費も出ませんが、もともと独立するために入社してたので、勉強しながら給料もいただけるなんてありがたいことです。

そして、その仕入れた家具たちは、ひたすらメンテナンスして、ただただヤフオクに出品する日々でした。

そして転機が

その頃、奥さんも働いていましたが、なんとご懐妊!待望の赤ちゃんがお腹に!
やったー!と喜んでいたのですが、、、

ちょっと待てよ。。。。。。     
子供ができると人は守りに入る、成功するかどうかもわからないのに起業するような冒険なんてできなくなるんじゃないか?

奥さんや親にも反対されるかも。。。。。

ええい!生まれる前に独立してまえー!

などとまた、変な気を起こして、
社長に「独立したいので辞めさせてください」と申し出ていました。

社長からは「独立はいいけど早くない?まだ1年経ってないよ。」というご意見。

ごもっとも。。。

その頃、奥さんとどんな話し合いをしたかは覚えていませんが、おそらく事後報告だったと思います。

なんてひどい行き当たりばったりな生き方。

かくして、奥さんが妊娠中に独立を宣言したのでした!

祝!独立開業!

社長に辞めることを伝えてから、もちろんすぐに辞めたわけではなく、3ヶ月後くらいに退社することになっていました。

その間、実は水面下で倉庫を探し、トラックを注文し、古物商許可の届出も進めていました。
その辺は抜かりなし、退社して即日に仕事ができるよう準備万端!

今は工房にしているこの倉庫が創業の地です。

そして、2004年6月1日、ついに「RESTYLE」が創業いたしました!!
パチパチパチパチ!

そんなこんなで、
行き当たりばったりの勢いだけで、奥さんとお腹の6ヶ月の赤ちゃんと私は資本主義という戦場の最前線へ突入したのでありました!

おしまい。





いいなと思ったら応援しよう!