小説『天使さまと呼ばないで』 第11話
今日はミカにとって二度目の、スピリチュアル会の日だ。
ミカはスピリチュアル会が行われるカフェ、The SOURCEに来ていた。
提供されるメニューに対して参加費の5千円はもったいない気もするが、これで新しい客が見込めるのなら安いものだろう。
久々の開催を皆心待ちにしていたのだろうか。今日は30人近く集まっている。ミカがカウンセリングした面々も、エリを含め5人ほど来ていた。
参加者が全員揃ったのを確認して、オーナーのRYOが手を打ちながら声を上げた。
「えー、みなさん。これで全員揃ったかな?」
うなずく参加者たち。皆自然と円に並べられた椅子に座っていく。
「じゃーはじめましょっか。いやー久しぶりですね。
まあ、いろいろありましたけど(笑)、こうしてまたみんなで集まることができてほんとーに嬉しいです!
僕はこの店のオーナーのRYOです。今日はここでみんなと不思議な話や、見えない世界の話や、気づきをシェアできたらいいなーと思ってます。よろしくおねがいしまーす」
常連だったケンジの自殺未遂のことは『いろいろなこと(笑)』という一言で済まされていた。
RYOの自己紹介が終わり、時計回りにそれぞれの自己紹介が始まる。
ミカの番になった。
「ミカです。天使さまの力でカウンセリングをしています。近頃は月一のペースでお茶会も開いてるので、よければぜひ参加してください」
この日のために名刺も用意して来た。ミカは椅子から立ち上がり、近くにいる人から名刺を配った。
薄いピンクの紙には、
という文字が書かれてある。裏面にはカウンセリング料金と、天使の羽根のイラストが載っていた。
いつのまにかミカは、自分が『天使の声を代弁してカウンセリングしている』というデタラメをごく自然に吹聴できるようになっていた。
「あぁんずるーい!私も名刺欲しいですよぉ!」
自分より先に他の人に名刺を配られたことに嫉妬したエリが、頬を膨らませながら言う。
「うふふ。もちろん、エリさんもどうぞ。でも新しい情報は何も書いてないのよ」
ミカはエリにも名刺を渡した。
「やったー!ミカさんファン第1号としては、やっぱり名刺はゲットしておかないとぉ!」
エリは"ミカさんファン第1号"を強調しながら言った。どうやら、自分がミカに初めてカウンセリングをしてもらったことを周囲に誇示したいらしい。
最後にミカから一番離れて座っていた、初対面の黒髪の女性に名刺を渡す。
切長の目が印象的な、ミステリアスな雰囲気の美人だ。20代後半だろうか。濃紺のデニムのスキニーパンツと黒いタートルニットが細身の身体に良く似合っている。
髪も服装もほぼ真っ黒だが、それが女性の白い肌を一層引き立てていて、暗いというよりもむしろ神々しく見えた。
ミカがその女性に名刺を渡そうとした時、誤って床に一枚落としてしまった。
女性は椅子から腰を上げて、それを拾ってくれた。
「ああすみません、ありがとうございます」
「いえ・・」
落とした名刺を渡すのも何だし、とミカは新しい名刺をその女性に渡した。
「ミカです。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。・・天使ですか」と言いながらその女性は名刺を裏返して見ていた。
「はい。私、小さい頃から天使が見えるんです」
そう言って、ミカは微笑んだ。普通なら頭がおかしいと思われる発言だが、この場ではそれに異論を唱える人は誰もいない。
女性はミカの言葉が聞こえているのかいないのか、ただ無言で名刺を見つめていた。
ミカの後、何人かの自己紹介が終わり、先程の女性の番となった。
「レイカです。今日はアヤカさんの紹介で来ました。よろしくお願いします」
レイカは淡々と自己紹介した。
紹介者だというアヤカが言う。
「レイカちゃん、私の大学時代の友人なんですけど、すごく霊感強いんですよ〜!予知夢なんかも見たことがあって!だからこの会にぴったりだと思って!」
彼女にも、"天使"は見えるんだろうか・・そんなことを考えながらレイカを見ていると、レイカがこちらに顔を向け、目が合いそうになった。
ミカは慌てて、視線を逸らした。
自己紹介が終わり、フリートークの時間となった。
ミカはエリや他の人たちと他愛もない話をしていた。
アヤカとレイカもその場にいたが、レイカは一言も発することなく、ただ周囲の人の話に耳を傾けている。
するとそこに、前回も参加していたあの声のデカくて派手なマルチ商法オバさん、マユミがやってきた。
「みんな〜〜今日はいいもの持って来たからあ・げ・る!」
そう言って、プラスチック製の小袋を配り始めた。
「これねぇ、うちの会社で新しく開発されたサプリのサンプル!今インフルエンザ流行ってるでしょう〜〜!これを飲めばインフルなんてかからないから!」
みんな口々にお礼を言いながらその小袋を受け取る。ミカも受け取った。
「インフル怖いですよね〜!私も今仕事が絶対に休めない状況なんで、この間ワクチン打ちに行きましたよ〜!」と、アヤカが言った。
「えぇっ!?ワクチン受けたの!?」マユミが大袈裟にでかい声で騒ぐ。
「ワクチンなんて絶対ダメよ!あんなの製薬会社の陰謀よ!余計に病気にかかっちゃうわよ!」
「えっ!?」アヤカは気まずそうに、レイカの方を見た。
「製薬会社はね、わざと人々を病気にさせて、それで巨万の富を得てるのよ!だから絶対ワクチンなんて打っちゃダメよ!」
レイカが口を開いた。
「そうですか。私、製薬会社に勤めてますけど」
その場の空気が凍った。
「巨万の富を得ているなんて初めて聞きました。うちは大手ですけど大変ですよ?近頃はジェネリック医薬品の台頭で売り上げが減ってますし、どれだけ開発費をかけても成果が出ないこともザラにありますし、みんな必死です」
マユミは少し狼狽えながらも、答えた。
「あら、そう、でも・・・私の知り合いは、ワクチンを打ってもインフルエンザにかかったわよ!」
「インフルエンザはその時々の流行を予測して、流行るであろう型のワクチンを接種する仕組みですから、その予測が外れると罹ってしまうこともあるんです」
「ほらぁ、やっぱり効果がないじゃないの!」
「じゃあこのサプリを飲めば100%効果があるんですか?絶対にかからないんですか?私がこれを飲んでインフルエンザにかかったら補償してくれるんですか?」
「た、たしかに100%の効果は保証できないけれど・・・」
「じゃあワクチンと変わらないじゃないですか」
レイカが鼻で笑う。
「でも、このサプリはねぇ、薬と違って副作用が出ないのよ。だからワクチンや薬よりもずっと安全なの。それに天然由来の成分だけでできてるのよ!!!」
「たしかに、薬やワクチンは副作用や副反応が出ることもあります。でも、生きる上でリスクをゼロにすることって、不可能なんですよ。
ワクチンを打たなければ、病気で苦しむリスクが高いけど副反応が起きるリスクはない。
ワクチンを打てば、病気で苦しむリスクは減るかわりに、副反応が起きるリスクがある。
自分にとってリスクがどれだけ大きいかや、どちらのほうがメリットが大きいかでそれぞれ選択すればいいだけですよ。どちらを選んだからと言って、リスクが完全にゼロになることは無いんです。ただ、私たちはそのリスクをできるだけ小さく、メリットを可能な限り大きくできるように頑張ってます。
だから別にあなたがワクチンを打ちたくないなら打たなければいいんじゃないですか?でも、テキトーな情報で他人まで従わせようとするのはやめてください。
あと、サプリだって副作用やアレルギー反応が出ることはありますよ。だいいち、天然由来のはずのソバや卵だってアレルギーがあるじゃないですか」
レイカが続ける。
「・・・だいたい、"製薬会社が巨万の富を得てる"なんて言説、自分の不遇感や不幸感や世の中の不条理を誰かのせいにしたいだけですよね。
『自分がこんなに頑張ってもうまくいかないのは、誰かに何かを奪われてるせい』って思いたいだけでしょう。そうしてそれを、叩いても罪悪感の湧きにくい企業にぶつけているだけでしょう。
私だって仕事では嫌味を言われたり、頑張っても結果を出せなかったり、不条理なことはたくさんありますよ。製薬会社にいるからって、そんなもの無くなるわけがないです。
確かに製薬会社は、薬やワクチンを販売して利益を得ていますけど、そのために私も上司も社長もみんな必死で頑張ってます。その頑張りは認めてくれないんですか?その頑張りで利益を得てはいけないんですか?
『自分の頑張りは良くて、製薬会社の頑張りはダメ』なのだとしたら、それはあなたの選民思想と差別意識と傲慢さでしかないんじゃないですか?」
よくもまあこんなに言葉がすらすら出てくるものだ。ミカは感心していた。
形勢が悪くなったマユミは、ミカに助けを求めた。
「・・・ミカさんはどう思います!?どちらが正しいと思いますか!?」
(えぇ・・・こっちに振らないでよ・・・)
ミカは戸惑った。
言ってることが正しそうなのは圧倒的にレイカだが、ここでレイカ側につけばマユミの面目が立たない。それにマユミには人脈がある。敵に回さない方が良さそうだ。
ミカは意味ありげに深呼吸した。本当は意味などない。ただ何と言えば一番角が立たなさそうかをこの一瞬で頭をフル回転させ考えた。
「・・・天使さまは争いを好みません。どんな意見を持つにせよ、愛と敬意をもって会話することが大切だと思います」
どちらに愛と敬意があるかはあえて明言しなかった(どちらにも無さそうだったが)。
マユミはその言葉を都合よく解釈したようだ。
「ほらぁ・・・ねぇ?ミカさんは天使さまとお話できる方なのよ。天使さまもそう言ってるじゃない。別に私の言うことを信じなくてもいいのよ、ただ、他者と話す時は愛と敬意をこめた言葉を選ばないと・・・」
要するに彼女は、『私が不快に感じることは言うな』と言いたいらしい。
「それは失礼しました。あなたは私のような製薬会社の人間に、愛と敬意のこもった言葉をわざわざお選びくださってありがとうございます」
明らかに嫌味だ。気まずい空気が流れる。
レイカは腕時計を見て言った。
「そろそろ帰りますね、私」
アヤカがうろたえる。「レイカちゃん・・えっと・・・」
「アヤカ、ごめんね。なんか空気悪くしちゃって。また今度お茶しよう」
レイカはカバンを持ち、その場を去ろうとした。その瞬間、ミカと目があった。
「あなた・・・」レイカがそうつぶやいて、ミカに近づいて来る。
ミカはぎくりとした。何を言われるんだろう。
デタラメを見抜かれたのだろうか。
レイカはミカの腕を掴んで、目をじっと見つめた。
そして周りに聞こえないよう、小さな声で言った。
「・・・天界は、お金儲けに利用されることを最も嫌うんですよ。
あなた、分かるでしょう?」
心臓がバクバクした。
レイカはそのまま数秒間ミカの目をじっと見つめて、意味深な笑みを浮かべた後、颯爽と立ち去ってしまった。
「レイカちゃん・・待って・・・」
アヤカも慌ててカバンを持ち、レイカの後を追って行ってしまった。
「ミカさん、何て言われたんですかぁ?」
エリが尋ねて来た。
「あの人・・悪魔に取り憑かれているみたいね、だから気にしてはいけないわ」
ミカはそう答えた。正確には、言い聞かせたのだ。自分自身の心に。
マユミが大袈裟に頷く。
「そうよねぇ!やっぱり!ミカさんには分かるのねぇ!!!だいたい、黒なんて波動の低い色の服を身につける時点で悪魔側の人間だわ!!!」
マユミのカバンが黒いワニ革製であることには誰も突っ込まなかった。
「あの人、きっと私たちに嫉妬してるんですよ」
「うんうん、愛の世界に生きる私たちのことが羨ましいんですね」
みんな口々にそう言った。
その晩、ミカは不思議な夢を見た。
目の前に、白い服を着て大きな翼を持ち、金色に輝く天使が浮かんでいる。
ミカはその天使の顔を見ようとするのだが、眩しくてなかなか目が開けられない。
ようやく光に目が慣れてきて、その顔をよく見てみると、それはレイカの顔だった。
レイカの顔をした天使は、無表情のまま、ただ黙ってミカのことをじっと見下ろしていた。
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第12話につづく
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