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小説『天使さまと呼ばないで』 第25話


コウタへの借金を返すまであと1ヶ月を切ったというのに、ミカは先月いっぱいでパートを辞めてしまった。

(まあ、この調子でいけばコウタに全額ちゃんと返せそうだし、パートのことはなんとでも誤魔化せるでしょ)

いざとなれば伝家の宝刀、"女の涙"を使って、お局からいじめられたから辞めざるを得なかったとでも言えばいい。

(パートでの収入がなくなったし、これからはカウンセリングをますます頑張らないとね!)

(そのためにも、私がいかに豊かで幸せかの宣伝をしなくちゃ)

(これもより多くの人を救うために、必要なことだから!)

ミカは、自称・阿弥陀如来と聖母マリアと安倍晴明の生まれ変わりだというサクラのブログで"普通の幸せを謳っていてはウケない"という事実に改めて気づいてから、スマホケースの自慢を皮切りに、またリッチで煌びやかな生活をアピールするようになった。ブログの更新も、ほぼ毎日するようにしている。

デパートで申し込んだクレジットカードはすでに届いたが、あまりブランド品ばかり買っても身が持たないし、大きな買い物だとコウタにバレてしまう危険もあるので、借金を返すまでは"食"にお金をかけることにした。

たとえば、高級チョコレートのGODIBAや、高級レストランでのランチや、スターブックス・コーヒーの期間限定ドリンクだ。

ブランド品よりもずっと安いのにそれなりに見栄えがするから、ブログの更新頻度を増やしつつ豊かさをアピールするのにはちょうど良かった。


そして、"豊かで幸せな生活アピール"に加えて、ミカのブログにはもう一つ変化があった。それは断言口調が増えたことだ。

これまでは、『天使さまがこう言ってるのだと感じました』というような書き方だったのだが、

『天使さまもこうおっしゃってます』と書くようになったし、

『これも天使さまのおかげかしら?』と書いていたのも、

『これも天使さまのおかげなのです』と書くようになったのだ。


どうしてこんな風に書くようになったかといえば、曖昧さを残して文章を書くことに"恐れ"が出てきたからだ。

曖昧な表現をするたびに、ミカの心には

(こんな風に曖昧な書き方をしては、私のことを信じてもらえないかもしれない・・・)

(そうしたら、またあのサクラとかいうインチキなオバさんに、客を取られるかもしれない・・・)

(もっと強い口調で書かないと、信憑性がなさそうに思われるかもしれない・・・)

といった恐れが湧いてきた。

こうした恐れが出るたびに、ミカはブログの口調を強く、ハッキリと、言い切る形で書き直した。


そして確かに、こうして文章を断定的な口調にすることで、ミカのブログのアクセス数はさらに増えた。しかし、同時にもう一つ変化があった。

依存心の強い人たちからのコメントが増えたのだ。


『来週は気になっていた彼との初デートなのですが、ミカさんはどんな色の服を着ればいいと思いますか?』

『子供の習い事で悩んでいます。ピアノか英語かどちらがいいでしょうか?』

『ミカさんは政治家の〇〇さんについてどう思いますか?』

といった、ブログの内容とは何の脈絡もない、「自分で考えろよ」と言いたくなるようなコメントがしょっちゅうついた。

しかも腹立たしいことに、カウンセリングの予約の増加率よりもコメントの増加率の方がずっと高いのだ。

それはすなわち、カウンセリングではお金を落とさないくせにタダで回答を得ようとするケチな人間ばかり寄ってきているということである。

(あー!もうこのぐらい自分で考えろっつーの)

最初は心の中で悪態をつきながら、当たり障りのない綺麗事を書いて返信していたミカだが、一日何件、何十件もそんなことを続けるうちにとうとう限界が来た。

(私が欲しいのは、タダで答えを得ようとする貧乏人じゃなくて、お金をちゃんと払ってくれる客なの!)

堪忍袋の緒が切れて、ミカはこんな告知を更新することにした。

ブログのコメント欄ですが、最近たくさんの方からコメントをいただいております🥰ありがとうございます❣️
しかし、その返信に時間をかけてしまいますと、どうしてもカウンセリングやハンカチの制作業務に差し障りが出てしまいます💦
私は『クライアント第一』で考えておりますので、それは何としても避けたい所存です。
ですので、大変心苦しいのですが、これからはコメント欄は基本的には返信いたしません。
何かご質問したいことがある方はカウンセリングの予約を取られるか、ちょっとした質問ですとお茶会の時でもお答えできますので、よろしくお願いいたします🎶💕

ミカはここまで書いて、文章を読み返した。

言ってることは、真っ当だ。

しかし、これを読んだ信者に『拝金主義』だとか『金儲けが目当て』と思われることが怖くなった。

そんな言葉は、"天使"の自分には相応しくないし、そう思われてしまうとまたカヨコのように自分から離れて別の教祖に行く人間が出てくるかもしれない。

(私がお金を払ってくれる客を優先することを、"善意からやってること"と思ってもらうには、どうすればいいかしら・・・)

考えた末、このような文章を付け足すことにした。


しかし、お茶会やカウンセリングというと、お金もかかることですので、ちょっとまだ抵抗がある方がいるかもしれませんね💦
そんな方にお伝えしたい話があります🎶
それは、「どんな人間が天使さまのサポートを得られ、豊かになれるか」という話です😉
あなたは、どんな人だと思いますか❓
答えは、「お金を支払う時に、気持ちよく支払える人」です😊💖
天使さまは、あなたがお金をどんなエネルギーで世の中に循環させているかをきちんと見ています❣️
よく考えてみてください、あなたの心臓や肺は、血や空気を送ることで、循環させてまたそれを受け取ることができてますよね❓もし、血や空気を送らなければ、血や空気の循環は途絶え、生きていくことができなくなってしまいます😣
ですから、「こんなの勿体無いなあ」と思って出し渋ったり、「支払うのなんて嫌だなあ」なんて思いながら渋々支払ってしまっていると、新しいものを受け取ることもできなくなるのです・・💦
実際に私も、豊かさを受け取ることができたのは、自分が先にいろいろなものに気持ちよくお金を支払ってからです🎶
カウンセリングやお茶会も、『無駄遣い』ではなく、『豊かさの循環のための投資』と考えてみてください😄
私のカウンセリングやお茶会が、豊かさの循環のためのきっかけになるのなら、とても嬉しいです☺️💓


ミカは文章を読み返して、あらためて思った。

(ああ私、めちゃくちゃ良いこと言ってるわ〜!)

よくよく考えれば、お金の循環と身体の循環の仕組みなど何の関係もないことだが、こうして身近でイメージしやすい例を挙げると、なんとなく説得力がありそうに思える。

(それに、ビートンのバッグやスマホケースをブログをアップしたらお客さんが増えたことは事実だし、嘘は言ってないわね)

ミカは文章を何度も読み返し、その出来に満足した。

そして、最後にもう一文付け足した。


現代を生きる天使、ミカより👼


この日からミカは、初めて自分自身を"天使"と称するようになった。


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第26話につづく


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