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小説『天使さまと呼ばないで』 第39話
ミカが離婚をブログで発表してから、一気に数十人のフォロワーが減っていた。
それもそのはず、ミカのフォロワー達の中には、結婚生活がうまくいっておらず、それでも何とか離婚だけは回避したいという理由でミカの信者となった女性達も多かったのだ。
そうした女性達は今回の『結婚からの卒業宣言』で一斉にミカに幻滅し、フォローを辞めてしまった。
彼女達にとってミカは、『理想の結婚生活を送る女性のロールモデル』だから需要があったのだ。
結婚生活を破綻させたミカから学ぶことなど、一体どこにあるというのだろう?
フォロワー数の低下に焦ったミカは、ますます自分の幸せをアピールしなければいけないと思った。
(スイートルームだけじゃ"自由"って感じが少なかったかもしれないわ)
そう思ったミカは、3月に急遽ハワイへ2泊3日の旅行に行った。三つ星ホテルに泊まり、スパでリラクゼーションをし、免税店でブランド品を買い漁った。
そうしてその様子もブログに載せた。
こうして好きなときにいつでもハワイに行けるなんて最高です🌈✨💖
こうして自由で幸せな人生が歩めるのも、天使様のおかげ👼✨💕🎶
という文章とともに。
こうして、貯めていた150万円とコウタからもらった100万円は、あっという間になくなってしまった。
その代わり、豪勢な写真と甘い言葉に釣られて、ミカのフォロワー数はまた増えていった。
ミカはそれを見て安堵した。数が増えるたびに、みんなから『あなたは素晴らしい』『あなたは正しい』と肯定されているような気がした。
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チエは小学生の娘を持つ兼業主婦だ。
今日、チエは久々に妹と会う約束をしていた。
場所は、この辺りで一番の繁華街にある今人気のカフェだ。
3歳年下の妹とは、特別仲が悪いわけでも、良いわけでもない。ただ自分とはあまりタイプが似てないので、成人してからは進んで関わることは無かった。
今回妹と約束したのは、母親からの依頼があったからだ。
『あの子去年仕事を辞めてから、ずーっと家でダラダラするばかりで、ろくに就職活動してないのよ。
早く仕事探しなさい、って言っても、波動がどうとか変な言い訳ばかりするし・・・
チエ、ちょっと話をしてあげてくれない?
私達からだと、どうしても聞く耳を持たないから・・・』
というのが、母親の依頼だった。
あまり仲が良いわけでもない妹にどう誘うべきか悩んだが、ちょうど先週家族で旅行に行ったので、そのお土産を渡す名目で今回の約束を取り付けたのだった。
幸い娘は家で夫が見てくれている。子連れだとこうしたお洒落なカフェでゆっくりすることもあまりできないので、気分転換も兼ねて妹とゆっくり話せることを楽しみにしていた。
約束の時間より10分遅れて、妹がやって来た。
「ごめんごめぇーん!お姉ちゃん久しぶりぃー!」
妹の遅刻癖はいつものことだ。
「あー、いいよいいよ、とりあえず中に入ろう」
いつも人気のカフェだが、昼のピークを過ぎた時間だったので並ぶ必要はなかった。
お土産を渡し、一通りこちらの近況報告をして、本題に入る。
「ところでさぁ、あんた最近どうしてるの?」
「どうって・・別に普通だよぉ?去年仕事を辞めたけど、お金が必要な時だけ単発のバイトしてる」
キョトンした顔で首を傾げる。この子は昔からそうだ。リアクションをするときにいちいちアニメのキャラクターを意識している。もういい歳なんだからこういう反応はやめて欲しい。
「でも・・・そろそろ正社員の仕事も探したほうがいいんじゃない?お母さん達だって、けっこう歳だし、いつまでも頼れるわけじゃないんだし」
「大丈夫だよっ!私は今、すごい人の元で勉強してるから!」
「すごい人?」
「ミカさんっていって、とても優しくて綺麗ですごい人なんだよぉ。色んなことがわかる人なんだぁ〜今ね、その人の元でいろんなことを教わってるの!
私が前に就職決まったのも、ミカさんのアドバイスのおかげなんだよっ!」
「でもアンタ、その仕事辞めたわけじゃん」
「それは・・私の波動が上がって、職場の人と合わなくなっちゃったからだよ。だから悪いことじゃないの。『卒業』したってこと」
「はぁ?よくわかんないけど、学ぶって一体何をしてるわけ?」
「その人のセミナーの手伝いをしてるんだ〜実は今日も午前中手伝いに行ってたの。会計とか受付とかさせてもらえるんだよ!こういうのって、仕事で役立つスキルでしょ?
ミカさんは優しいから、タダで学ばせてくれてるんだよ!」
「え・・・ちょっと待ってちょっと待って、普通手伝いしたらお金もらえるよね?お金もらってないの?」
「うん、お金を貰っちゃうと、"学び"っていう対価が受け取れなくなっちゃうでしょ?」
「はぁ?いやー、"労働力"って対価を払ってんだから、お金を貰うのは当然だと思うけど・・・とにかく、その人の元でタダ働きさせられてるわけね」
「そんな言い方辞めてよ!ミカさんは善意でやってくれてるのに!」
ここはあまり否定しない方が良さそうだ。
「ハイハイ。"善意"ねぇ・・・」
「それにね、天使様のサポートがあれば、仕事がなくても豊かになるんだよ!現にミカさんはいつも高級ホテルに泊まったり、ブランド品を買ったり、セレブだもん!」
それは何か別の理由があるのでは・・とチエは勘ぐったが、ぐっとこらえる。
「へぇ・・・"セレブ"ねぇ・・・」
目を爛々と輝かせながら妹は喋る。
「ミカさんは本当にすごい人なんだよ!ちょっと話を聞いただけで何が悩みかとか、原因かとかわかるの!天使の力を持ってるんだって!」
「天使ぃ!?」
思わずコーヒーを吹き出してしまった。
「昔から天使が見えたんだって〜」
チエは幼い頃を思い出す。妹は昔からそうだった。
いつもボーッとしてて要領が悪くて、でもその割に傷つきやすくて、どこか夢見がちで空想好きなところがあった。
そんな妹に母はいつも、「しっかりしなさい」だとか「シャンとしなさい」と叱っていたものだ。
チエだって見えないものを完全に信じていないわけではない。心霊スポットを聞くと怖いと思うし、神様のような存在もなんとなく信じている。
だが、『天使が見える人』なんて、どう見ても胡散臭い。それに、その人が本当に立派な人格者なら、タダ働きなんてさせずちゃんと労働への対価を支払うはずだ。
だが、妹が心酔しているその人をあまり貶しては、妹はこちらの話を聞かなくなってしまうだろうとも思った。
「・・仮にそのミカとかいう人がすごい人だとしてもさ、ちゃんとアンタが就職活動しないと仕事は見つからないでしょ」
「大丈夫だよ、私がこうして天使様のもとで学ぶことで波動が上がれば、それに見合うところは自然とやってくるから。それに天使様のサポートがあれば、お金も入ってくるし」
ダメだ、話が噛み合わない。
同じ言語を話しているはずなのに、前提が違いすぎてまるで全く異なる言語を話しているような気持ちになる。
チエは小さくため息をつき、妹に対して何を言うか悩んだが、やがてゆっくりと言葉を選びながら諭し始めた。
「・・・エリ、この世界は、自分で動かないと何も得られないのよ。
待ってるだけじゃ白馬の王子様も、理想通りの職場もやってこない。
例えばちゃんとした仕事をしたいのなら、アンタがすべきはまずは色々な企業を探してみたり、自分の過去を振り返って、自分にどんな仕事や環境が向いているかを考えてみることじゃない?
叶えたい夢があるのなら、最低限自分がやるべきことをやらないと、神様も天使様も力を貸してくれないと、私は思う。
だってそれって、人間をただ甘やかすだけだもの。本当にその人にとっての成長や幸せにはならないと思うし、神様や天使様が本当に素晴らしい存在なら、そんなことはしないと思う」
チエの言葉が耳に痛かったのか、エリはバツが悪そうに「だって・・・」「でも・・・」とモゴモゴ何か言っている。
「・・・とにかく、しばらくそのミカって胡散臭い人とは距離をおいて就活に専念しなさいよ」
チエは、あと一押しでエリを説得できるのではないかという期待を込めて、ミカを少し蔑み、『〜しなさい』という言葉をつかったのだが、これが悪手だった。
「お姉ちゃんは何もわかってない!」
エリは声を荒げた。
「ミカさんは本当に、素晴らしい人なんだから!私のことを初めて理解してくれたし、ミカさんのおかげで私は幸せになれたんだよ!ミカさんが『自分を愛しなさい』って教えてくれたから、今まで自分がどれだけ自分をぞんざいに扱ってたかにも気づけた!それから、今までお母さんにどれだけ酷い扱いを受けてたかにも気づけた!!
そんな素晴らしい人のもとで学ぶことの、何が悪いって言うの!?」
勢いに圧倒されていると、エリはこう吐き捨てた。
「・・・どうせ今日も、お母さんから説得しろとか言われたから会いに来たんでしょ。
お姉ちゃん、私のことなんて本当は全然興味がないくせに。
いいよね、お姉ちゃんは。スポーツも勉強もできたし、私より美人だし、お母さんもいっつもお姉ちゃんばかり褒めてた。
私のことなんて、誰も愛してくれない。誰も見てくれない。
私のこと、大事にしてくれたのは、ミカさんだけ!」
エリは自分の注文分の支払いもすることなく、店を出て行った。
一人店に取り残されたチエは、しばらく呆然としていた。
だが、一口コーヒーを飲み、思考を整理した。
母親が、自分にばかり甘かった記憶など無い。
ただ、常に誰かと比較して鼓舞しようとする癖はあったし、自分だって近所の出来の良い子とよく比較されていた。でもそれは、愛されてないからではなく、母がそういう表現で子供のやる気を出させようとする人なのだと、何となく気づいていた。
自分だって昔は『お姉ちゃんだから我慢しなさい』と言われたし、妹のエリのことを羨ましく思ったことだって何度もある。
それに、どれだけ口で表現してなかったとしても、30をとうに過ぎてもなお定職に就かない娘にきちんと家に住まわせ、飢えないように食事を提供しているのは、何よりも愛がある証拠では無いか。
どうしてそのことに気がつかないのだろう。
(エリはきっと、洗脳されてるに違いないわ・・・)
チエは、決心した。
(エリを助けなきゃ・・・)
チエはスマホで『ミカ 天使』と検索してみた。するとすぐにそれらしきブログを発見した。
ブログでは、天使のような微笑みを浮かべた、そこそこ美しい女性が自慢げにブランド品を見せびらかしている。
(この女に、直接文句を言いに行ってやる!!!)
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第40話につづく