小説『天使さまと呼ばないで』 第29話
家に帰り、購入したネックレスの写真をSNSとブログにあげ、たくさんの賞賛の声をもらった後(まだパンプスとスカートの写真はあげなかった。なぜなら、後日書くブログのネタがなくなってしまうからだ!)、ミカのフワフワしていた心は段々と、冷静さを取り戻していった。
(よく考えたら、2ヶ月後にはコウタのボーナスが出るわ・・・このままだと、振り込みする時にあの口座にお金がないことがバレてしまう)
2ヶ月後までに、200万円をまた口座に戻さなければならない。
ミカは胸の奥が急に凍りついたように冷たく感じた。そして、その冷たさはじわじわと広がり、身体中が冷たくなっていった。
(ああ・・こんなことなら、欲張って靴と服まで買わなきゃよかった)
ミカは頭を抱えた。
おろす時と買う時はあまり違いのないように思えた50万円の差が、貯めることを考えると物凄く大きな差に見えてきた。
(とりあえず、ドラジェで使った60万円はリボ払いで少しずつ返すとして・・・)
2ヶ月で200万円を返すには、当たり前の話だが、1ヶ月で100万円を貯めなければならない。そしてひと月に20日働くとすれば、一日10万円稼がなければならない。しかもその間も『天使の声を聞けば裕福になれる証』として高級ブランド品は買い続けなければならないから、仮に10万円稼げたとしても全額を返済にまわせるわけではないので、実際にはもっと稼がなくてはならない。
(え、ちょっと待って・・無理!!)
どうしよう、そう思ううちに、そもそも自分のカウンセリングが1時間にたったの2万円であるということがおかしいのではないかと思い始めた。
(だってこんなにたくさんの人を幸せにしてるのに、安すぎじゃない?)
ミカは以前カウンセリングの相場を調べた時のことを思い出した。
1時間3万円や、10万円をとっているカウンセリングだってあったはずだ。
ミカはすぐ、値上げを決意した。
普通のカウンセリングを5万円、スペシャルカウンセリングを10万円にすることにしたのだ。
以前は普通のカウンセリングは2万円、スペシャルカウンセリングは6万円だったので、かなり大きな値上げだが、このぐらいにしないと2ヶ月で200万円は到底稼げそうにない。
ミカはどんな文言で値上げを伝えようか悩んだ。
そして、こんな内容にすることにした。
『現在、多くの依頼を受けすぎていて、とても手に負えない状況なので、需給のバランスを取るためにも値上げせざるを得ない』と・・。
(こう書けば、私のカウンセリングは人気だと思われて、希少価値もわかってもらえるはずだし、値上げも仕方ないと思ってもらえるわね)
ミカは毎週、来週のカウンセリングの予定をアップしているが、今までもそのカウンセリングの予約状況を少し盛るぐらいのことはしていた。
というのも、本来ならば一日3件はカウンセリングを受けることができるが、たとえその日に1件しか予約が入ってなくても『満員御礼 ※場合により相談可能』と表示していたのだ。
しかし、さらに人気であるという印象をつけるため、平日の予定は全て(たとえ予定が入ってなくても)『満員御礼 ※場合により相談可能』と表示することにした。
そして、オンラインでの相談も受け付けることにした。こちらは1時間2万円と少し値引きする。その代わりに、ハンカチはつけない。
こうすれば、遠方の人でも相談できるし、対面は対面でハンカチというオマケがつくので希少価値が保たれる。
しかしここまで考えてもまだ心許ない。2ヶ月で200万というのは、平凡な主婦のミカにとってあまりに大きすぎる金額だった。
(そうだ、お茶会の値段も変えよう・・)
お茶会は以前は1時間1万円だったが、2万円にすることにした。しかしもう今月のお茶会はすでに募集をかけているので、値上げするのは来月からだ。
(他に・・・他に何か方法はあるかしら・・・)
そして、ミカはいい方法を思いついた。
(セミナーを開くのはどうかしら!?)
そういえば、カウンセリングについて相場を調べた時に、セミナーを開催している人を見かけたことがあった。
セミナー形式なら、お茶会よりもたくさんの人を集めることができる。つまり、より多くの人から一気に集金できる!
近くの貸し会議室を調べてみると、50人収容できる部屋であれば、3時間2万円で借りることができるらしい。
(セミナー料金を1万円にすれば、一気に一日で50万円近く稼げるじゃない!最高!)
それに、カウンセリングが5万円でお茶会が2万円ならば、セミナーの1万円は安く感じてもらえそうだ。
ミカは早速、値段の改定の告知をすることにした。
ここまで書いて、ミカは文面を読み返した。
(これだけだと、5万円に一気にアップするだけの言い訳として、弱い気がする・・・)
(もっと私が身を粉にして、自分を犠牲にして働いていることをアピールしないと・・・)
ミカは文章を書き足した。
(うんうん、これで私がすごく苦労している人に見えるわね!大幅な値上げも仕方がなく見える!)
(そういえば、このあいだなんか頭痛があったわね。気圧の変化のせいかと思ったけど、これはあながち嘘ではないのかも)
少し気分が良くなった。喉が渇いたので何か飲み物を飲もうと、ミカはキッチンに行って冷蔵庫に保管していたコーラを取り出し、また自室に戻った。
コーラを一口飲んで、また続きを書く。
一通り値段の改定を知らせた後、「しかしここで嬉しいニュースもあります!」という見出しで、オンラインのカウンセリングと、セミナーの告知をすることにした。
『年間300件以上のカウンセリング』というのは、ひと月20件してるものとみなして適当に考えた数字だ。
(ああ、これで完璧!!!)
そう思って読み返してみたのだが、今の文章だけでは、自分のカウンセリングの費用対効果が今ひとつわかりづらい気がした。
もっと『幸せになる』『人生がうまくいく』ことをアピールしないと、これだけの金額を使う価値があると思ってもらえなさそうだ。
ミカはこれまで、信者たちから言われた褒め言葉をできるだけたくさん思い出し、書き出した。
しかし、うろ覚えなものもあるので、全部が全部言われた通りに思い出すことはできなかったし、中には誰が言ったか思い出せないものもあった。だからミカは、「確かこんな風に言われたはず」というあやふやな記憶のもと文章を書き、発言者の名前として適当にイニシャルをつけた。
最後に、ミカは今までのお茶会で撮影した写真も載せた。
明るい色のコンサバティブな服を着た女性たちが、ミカを取り囲んで皆んなニッコリと笑っている。
この写真を見れば、自分がどれだけ人気があるかの証明になるとミカは考えたのだ。
記事を作り終わって、ミカは先程までちびちびと飲んでいたコーラを、一気にあおった。
「っしゃー!これでいこう!」
ミカは、この記事をFactbookとブログに更新した。
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ミカの告知に対して、信者たちは期待どおり、実にピュアな反応を見せてくれた。
しかし、信者たちが続々と感謝と称賛の言葉を述べる中、ただ一人、異論を唱えたものがあった。
それは・・・カウンセリングのあとすぐ妊娠し、流産してしまったユウコだった。
ミカと、他の信者たちの視線は、いっせいにユウコのコメントに向けられた。
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第30話につづく