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小説『天使さまと呼ばないで』 第32話
今日のミカには、値上げしたばかりのスペシャルカウンセリングの予約が入っていた。カウンセリングの依頼主はエリだ。
エリと会うのは、2週間前のセミナー以来だった。
(こうやってスペシャルカウンセリングに申し込むってことは・・)
もらえる額の多さとは裏腹に、嫌な予感がした。人生がうまくいっている人は、わざわざこの高額なカウンセリングなど申し込まない。
「実は・・・転職の2次面接、落ちちゃったんです・・・」
エリは肩を落として俯きながら、そう言った。予感は見事的中したようだ。
(マズい・・・)
ミカは焦った。
このままでは、『天使の声に従ってさえいれば幸せになれる』という理論がエリに疑われてしまう。
信者の中でも出たがりで影響力が強く、お茶会にも全て参加している上顧客のエリを逃してはいけない。
ミカは、ユウコとのスペシャルカウンセリングを思い出した。あのときユウコは待望の赤ちゃんを流産し酷く落ち込んでいたが、自分が『悲しみを感じなくて済む考え方』を用意したことで元気が出ていた。
エリは泣きながら言う。
「応募した会社、大好きなキャラクターグッズを取り扱う会社だったんです・・・見つけた時は運命と思ったのに・・・」
ミカは少し目を閉じて、意味ありげに深呼吸した。
天使と交信しているように見せつつ、脳は猛スピードで思考を巡らせていた。
(とにかく、"落ちて良かった"と思わせなくちゃ。そのためには・・・
・・・よし!)
ミカはエリの手を両手でそっと握り、とびっきり優しい微笑をしながらこう言った。
「エリさん・・・よかったわぁ、その会社に落ちて」
「えっ!?」
エリが目を見開いてこちらを見る。
「うふふ・・・ごめんね、びっくりさせちゃって。
さっき、天使様からの声が聞こえたの・・・その会社にエリさんが勤めていたら・・・・・大変なことが起きてたんだって。だから悲しむことはないのよ」
「大変なこと・・!?」
「ええ。・・・実はエリさん、その会社と物凄く波動が合わなかったらしいのよ」
「波動が・・?」
「普通の人より心が清らかで、波動の高いエリさんはもう経験してるかもしれないんだけど」
ミカはそう前置きし、さりげなくエリを煽てた。
「波動が合わない場所にいたら、病気になったり、怪我をしたり、人に意地悪されたりしてしまうでしょう?
特に、エリさんみたいな、普通の人より波動が高いタイプの人って、人よりも波動の合う場所が限られてくるの。
だから、前の会社でも、上司の方と馬が合わなかったでしょう?多分今までも、周りの人と馴染めなかったりしたこと、多かったんじゃない?」
エリが周りと馴染めない傾向があるのは、実際には自己主張ばかり激しく空気が読めない性格のせいだとミカはわかっていた。しかし、こうして特別な人間だと選民思想をくすぐることで、彼女が以前から抱えていた孤独感や不遇感を取り除こうとした。
エリは静かにうなずく。
「その会社は、やってる事業は素晴らしいのかもしれないけれど、波動は前の会社よりもずっと低かったようなのよ。・・それは、働いている人のせいか、職場の土地の波動のせいかはわからないんだけど。
それで、もしエリさんがその会社に入ってしまったら、物凄く不幸なことが起きると、天使様にはわかっていたらしいの。だからあえて受からないように、計らってくださったんだって・・・もしかして、面接の時とか何か兆候はなかった?」
(嫌なことって、一日にひとつぐらいは起きるものだから、何か絶対にあるはず・・)
これは、ミカのちょっとした賭けだった。
「・・そういえば、面接の日の朝、買ったばかりのストッキングが伝染しましたぁ!」
あー、やっぱりこいつは乗せられやすいバカで助かる。ミカは内心小躍りしていた。
「なるほどね。その時点で天使様は、エリさんに伝えたかったみたい。『この会社は辞めておけ』って」
「そうだったんですかぁ・・・!」
エリの顔がたちまち明るくなる。エリは続けた。
「私・・・どうして自分ばかりこんなに不幸な目にあうんだろう、私はこんなに天使様に毎日感謝してるのに、どうして受からなかったんだろうって、ちょっと天使様に対して失望してしまってたんですけど・・・そんな自分が今はすごく恥ずかしいです。
天使様の愛って、私が考えるよりずっとずーっと深いんですね!」
「そうなの。でも、わからなくて当然よ。だってエリさんは天使じゃなくて、人間なんだから!
これからエリさんにはもっと素晴らしい会社が待っているわ!だから天使様を信じて、天使様への感謝を忘れないようにしましょうね!」
ミカは優しく握っていた手の力を強め、エリの目をはっきり見て言った。エリの表情はすっかり晴れやかになっていて、輝きを取り戻した瞳には、優しい微笑みをたたえたミカの姿がハッキリと映っていた。
(ああよかった。これでコイツは私の元から離れないわね)
「それにしても、ミカさんは本当にすごいです。私のことを一瞬にして元気にしてくださったんですもん!
私もミカさんみたいになりたいなぁ・・ミカさん、弟子とか取らないんですかぁ?」
「いやぁ、弟子だなんて・・私はそんなにすごいわけじゃないから・・ただ人よりもちょっと、天使様の声を聞く力が恵まれていただけで」
(それに、カウンセリングだって勘がほとんどで、教えられるようなことは何もないしね)
「私もミカさんみたいになりたいです・・いえ、それが無理でも、ミカさんの何かお役に立ちたいです・・・」
ここで、ミカはピンときた。セミナーの時に、受付や会計が大変だったことを思い出したのだ。
「あら・・・だったら、次のセミナーの受付と会計係、やってもらえないかしら?」
「ええ!?やります!やりますぅ!」
「確かエリさん、昔銀行に勤めてたのよね。私計算とかお金の管理って苦手だから、やってもらえるとすごく助かるわ」
ここでふと、エリに支払う給料のことが頭によぎる。
200万円の借金がある身としては、これ以上支出は増やしたくない。お金を払わないために何か良い言い方はないだろうか。
「ただ・・・これはエリさんの『天使様と通じる力』を上げるための修行でもあるから、残念ながらお金は出せないの。お金を出してしまうと、エリさんは「お金」という対価を得る代わりに「修行」という対価を得ることができなくなってしまうから・・・それでもいいかしら?」
その場で考えたテキトーな理論だが、エリはバカ真面目に信じる。
「もちろんです!ミカさんに使っていただけるだけで幸せです!」
「あと、受付をしてもらうと、入り口にいてもらうことになるから、セミナーの聴講はできなくなっちゃうわ・・」
ここまで言って、ミカは『エリを働かせてしまうと、1人分のセミナーの聴講料を逃してしまう』という事実にふと気がついた。
「・・でももし、途中からでもセミナーに参加したいって勉強熱心な気持ちがあるなら、今まで通り料金さえ支払ってくれたら、受付の仕事が終わった後に参加しても大丈夫よ」
"勉強熱心"と強調することで、セミナー料を払うことは良いことなのだとさりげなく示した。
エリはハイテンションに答えた。
「もちろんです!このあいだのセミナーも、とっても勉強になりましたぁ!
ミカさんの下で働けるなんて夢みたいです!セミナーも、ちょっとぐらい聞けなくたって大丈夫です!絶対参加しますっ!!!」
「エリさんのその素直なところ、本当に素敵だわ!
エリさんなら大丈夫!きっと素晴らしい未来が待ってるから。今はまだ、サナギの状態なだけよ。エリさんはいつかきっと、その美しい羽をはばたかせる時がくるわ」
こうしてミカは、無償の従順な労働力を手に入れたのだった。
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家に帰り、今日の収入をしまおうと、ミカはクローゼットの中に仕舞ってあるお菓子の大きな空き缶を出した。
この中には、ミカの個人通帳と、この間200万円を拝借した夫婦の預金通帳、そしてセミナーやカウンセリングで稼いだお金を入れている。
空き缶に入れるなんて、ちょっとババ臭い感じがしなくもないが、これはちょうど良い大きさだし、コウタにバレなさそうだし、それに絵柄が可愛い天使なので気に入っている。
いつもは無造作にその中にお金を入れるミカだが、今日はその中身を確認してみた。
コウタのボーナスが出るまであと2週間を切った。それまでに200万円をまた預金に戻さなくてはならない・・。
(どうか200万円以上、いやせめて180万円ぐらい入ってますように・・・)
しかし・・・
缶の中には、何回数えても120万円しか入っていなかった。
当然だ。カウンセリングの値上げをしたことはしたが、しばらくは値上げ前の予約でいっぱいだったし、値上げ後は以前より予約のペースが落ちていた。それに時々ブログやFactbookで自慢と宣伝をするために、ホテルのレストランや高級ブランド品にも出費しなければならなかった。あれだけ浪費して1ヶ月半で120万円も貯まっただけで良い方だ。
(どうしよう・・)
冷や汗ばかり出てくる。
(とりあえず、通帳は隠しておこう・・。コウタに何か言われたら、「探しておく」とか、「私が銀行にお金を入れに行く」って答えよう)
(あとはできる限り、お金を作らなきゃ・・)
ミカはクローゼットの中の、あまり使っていない服やカバンや小物を次々と出した。その中にはカウンセリングの仕事を始めてから購入した、ルウィ・ビートンのポシェットや、クリスタル・ディオンヌのブラウスもあった。
そして、フリマアプリの『モルカリ』に急いで会員登録し、片っ端から売りに出したのだった。
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第33話につづく