小説『天使さまと呼ばないで』 第30話
ユウコからのこのコメントを読んだ瞬間、ミカは頭が真っ白になった。思いもがけない場所から、心臓が槍に突き刺されたような衝撃が走った。
ミカは思わず、こう返信しようとした。
しかし、このような口調は"天使"には相応しくないとハッと気づいて、すぐさま書き直した。
こう返信をした後、段々と自分に湧き上がった感情の正体が見えてきた・・・それは、"怒り"だった。
まず、一番腹が立ったのは、ユウコが上から目線でコメントしてきたように感じたことだ。
否、実際にはユウコはミカを見下してはおらず、ミカと対等な視点からコメントしただけなのだが・・・ミカのFactbookやブログでは、いつも信者が地べたから這いつくばって見上げるように、崇拝や礼賛のコメントを寄せてくれていた。
それはミカに少しでも気に入られようと、或いは認めてもらおうという意図のもと、発せられた言葉たちだった。
その感覚に慣れていたミカは、自分に対して話しかける時は頭を低くするのが当然で、スタンダードだという感覚になっていただけなのだ。
だから、ユウコがミカに対等な人間としてコメントしたことが、上から目線であるようにミカは錯覚してしまっていた。
次に腹が立ったことは、値上げに対してケチをつけられたことだ。ユウコは何も分かっていない。今までが安過ぎたぐらいなのだ。値上げしたからとただ文句を言うなんて、今まで安い価格でサービスを享受してきたことに対する感謝の心が見えない。まったく、自分の立場をわかっていない言い方だ。
そして、地味にダメージが高かったのは、あのクソダサい安物のネックレスと自分が"お似合い"と言われたことだ。
私が150万円のペリー・ウィルキンソンのネックレスよりも、1万円もしないであろうノーブランドのネックレスの方が似合うということは、すなわち私自身の価値もその程度なのだと言われたような気がした。
ほどなくして、ユウコから返信が来た。
ミカはしばし、何とコメントをするか悩んだ。本当はユウコのことを罵倒したい気持ちでいっぱいだったが、そんなことをすると天使のイメージが損なわれてしまう。
そうして逡巡しているうちに、他の信者たちが続々とユウコにコメントを寄せた。
そして、ミカにもコメントがきた。
ミカの信者たちは、水を差されたくなかったのだ。
自分が崇拝している女性が、金にがめつく自慢好きで論理が破綻しているただの"人間"だと、気が付きたくなかった。
ミカには、清らかで愛に溢れた天使でいてほしかった。
だから、彼女たちの目を覚まさせるような発言は徹底的に糾弾し、排除するしかなかった。
それが、彼らがまた、ミカを信じる自分たちこそが正しくて、幸福になるのに相応しい存在である・・という夢を見続ける方法だったのだ。
こうして、ミカが新たにコメントをする間もなく、ユウコはミカの信者たちからコテンパンに口撃されてしまった。
ユウコはこんなコメントを残した。
そして、先程のコメントが消えたかと思うと・・ユウコのFactbookのアイコンは初期設定の無機質なグレーの画像に変わり、名前欄には『退会されたユーザーです』と表示された。
こうして、ミカが直接手を下すことなく、あのコメントも、Factbook上のユウコの存在も、すぐに闇に葬られた。
ミカには妙な万能感が湧いて出た。
(私が何もしなくても、みんなが私のことを守ってくれるんだ・・・)
信者が守ろうとしたものは、本当はミカではなく、信者たちの幻想であることを、ミカはわかっていなかった。
信者たちはなお、Factbookにコメントを寄せた。
信者たちには、ミカの元にいる自分たちこそが幸福を掴む存在であるという自信があった。
そうして、ミカの元から去ってしまったユウコを、『不幸に堕ちていくであろう裏切り者』として、嘲笑の目で見送ったのだった。
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第31話につづく