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小説『天使さまと呼ばないで』 第22話


今日は7月のお茶会の日だ。

2月から毎月開催しているお茶会は、今回で5度目となった。今回も前回に引き続き、『精神的豊かさ』について説くつもりだ。


予定より30分早く会場のホテルについたミカは、化粧室へ化粧直しに向かった。

なぜ30分も早く家を出たかといえば、コウタと喧嘩したからだ。



朝着替える時に「今日は友達とカフェに行ってくるわ」とコウタに伝えると、彼は余計な心配をしてきた。

「またカフェ?なんか毎週行ってるように見えるけど、お金のほうは大丈夫なのか?借金は120万円もあるんだぞ?」

(ふん、そのお金を稼ぐために行くっていうのに、何もわかってないわねこの男!)

心の中でそう悪態をついたが、何でもないことのように朗らかに取り繕う。

「大丈夫よ〜!ちゃんと安いお店を選んで行ってるし」

「・・・本当に、ちゃんと返せるのか?」

「もう、うるさいってば!私だってちゃんと考えてやってるから!私にだって付き合いってものがあるのよ!それに、少しぐらい息抜きしないとストレスでかえって無駄遣いしたくなるし!」

コウタにガミガミ言われると、中学生の時に母親に小遣いの使い方や服装についてガミガミ言われたことを思い出して余計にイライラしてしまう。

(本当はアンタよりずっと稼いでるんだからね!)

そう心の中でコウタを見下しながら、ミカは急いで身支度を済ませ、

「ああもう、コウタのせいで楽しい気分も台無し!!最悪!!」

と捨て台詞を吐いて家を飛び出してきたのだった。




「うわぁ、ひどい顔・・・」

化粧室の鏡に映る自分の顔を見て、げんなりする。

急いで化粧をしたので、ファンデーションはところどころムラがあり、マスカラも下まぶたにところどころついてるし、口紅もヨレている。

ミカは化粧ポーチを取り出し、入念に化粧をしなおした。


天使のイメージを崩さないためにも、目は陰影をつけてぱっちりと、まつ毛は艶やかに長く、唇は薔薇色に、肌は白く輝くようにしなければ・・・


(えっと・・・今日は11人来る予定だから、儲けは11万円ね・・・)

頭の中で計算して、にやりと笑う。

鏡に目をやると、卑しく笑う自分の顔が見えた。

ふっと不安がよぎる

(もし、私がこんな風にお金のことを考えて喜んでいるのがファンにバレたら、どうしよう・・・)

(みんな私のこと、天使だと思ってるから、きっと幻滅されてしまう・・)

(そしたらみんな私から離れてしまう・・・)


天使のようにならなければ・・・

否、天使そのものにならなければ・・・・・


ミカは何度もファンデーションを塗りたくり、漆黒のマスカラを重ねて、パールホワイトのハイライトを顔全体にがっつりと入れた。


はたから見るととんでもない厚化粧になっていることに、ミカは気づいていなかった。




化粧が終わり、ラウンジの前に着くとみんなが集まっていた。

今日は10人が常連や過去のクライアント、1人が新規の参加者だ。

参加者の中には、一年前に恋愛についてのカウンセリングをした、ユカの姿もあった。

新規の参加者は、カズコという36歳の女性だ。

カズコは、全体的に太っていて、ぺしゃっとした低い鼻に細く小さい目、出っ歯気味の口と、お世辞にもあまり美しい容姿ではない。

そのうえ後ろに束ねた髪はボサボサで、化粧をしていない肌はくすみや毛穴が目立つし、着ている服はヨレヨレの白いTシャツと、どこで買ったのかわからないカントリー調のピンクのパッチワークのロングスカートだった。背負ったリュックにはアニメキャラクターのキーホルダーや缶バッジがじゃらじゃらとついている。

(うわっ、THE・陰キャ!ってかんじ・・・)

ミカがそう思っていると、後ろのほうでエリがアンジュとカズコのほうを指差してクスクス笑っていた。

「よくあんな格好でミカさんに会おうと思えるよねぇ」

「私だったら絶対無理」

そうひそひそと嗤っていた。

前回のエリはアンジュをライバル視してミカに近づかないよう牽制していたはずなのに、自分より劣っていそうなカズコを嗤うためならアンジュと談笑できるらしかった。

アンジュも、ファン第1号であるエリに自分を認められたことは満更でもないらしい。


こうした光景は、学生時代よく目にした。

目にするたび、「あの人たちはなんて性格が悪いんだろう」と軽蔑し、それと比較して何と自分は心が清らかなのかと思ったものだ。




みんなが席につき、自己紹介の時間になると、ユカが言った。

「じつは私、ミカさんにカウンセリングしてもらってからすぐに彼氏ができて・・・秋に結婚することになったんです!しかも、理想通りの人なんですよ!とっても私のことを大切にしてくれる人なんです!!」

その場の空気が明るく華やぐ。みんな恋バナは大好きだ。

「うわぁ〜良かったわねーユカさん!」

ミカも心から祝福する。ユカのおかげで参加者に自分の能力を知らしめることができたからだ。

「本当に、本当にミカさんのおかげです!ミカさんに言われてから私、『どうせ男の人なんて・・』って思うのをやめたんです。そうしたら、ちょうど高校時代の友人の結婚式があって、その二次会で彼と出会ったんですよ!

ミカさん、本当にありがとうございます!ミカさんは私にとって、本当に天使さまです!」


(良かった、わたしのおかげで、また一人幸せにすることができたのね)

ミカはそう思った。

(やっぱり、わたしのやってることって、間違いじゃなかったのね!)

うっとりとした心持ちでいると、アンジュが言った。

「ユカさん、結婚するのなら、ミカさんに夫婦円満の秘訣を教えてもらったらどうですか〜!?ミカさんのところはいつでもラブラブなんですから!」

「そうねぇ!」

「私も聞きたぁい!」

みんなが期待に満ちた目でこちらを見てくる。

ミカは表面上微笑みながらも、心の中は冷や汗でいっぱいだった。

(私、今朝ケンカしてきたばかりなのに・・・)

しかし、みんなのワクワクした顔に、そんな本音を吐露できるはずもない。

「そうね・・・やっぱり、第一は"感謝"じゃないかしら。どんな時にも『ありがとう』を欠かさず言うことが大切よ」

ミカは当たり障りのない、どこにでもあるアドバイスをした。


お茶会も終盤に差し掛かり、エリが尋ねた。

「そういえばミカさん、そのワンピースお気に入りですねぇ」

ミカが着ていたのは、3月に買ったCHAMELの白いワンピースだ。春物だが、半袖なので夏の今でもまだ着られる。

「ええ、そうなの」

本当は新しい夏物のブランド服が欲しいが、クレジットカードを取り上げられた今は買う術がない。

(いつも同じ服だなんて、お金がないと思われてるのかしら・・・)

そんな不安がよぎったミカは、誰に聞かせるわけでもなく弁解をした。

「私も少し前までは、新しいモノや高価なモノをたくさん手に入れることが"豊かさ"だと思っていたけれど、天使さまとお話をするうちに、今の自分に既にあるものを大切にすることや、当たり前にあるものに感謝することも、"豊かさ"だと知ったのよ。それは今の自分が『すでに完璧である』・・・すなわち、『天使さまと同じ』であることを知ることなの。それに、こうした『普通の幸せ』を大事にできない人に、天使さまはサポートしてくれないのよ」

みんながうんうんとうなずく。

その陰で、カヨコだけはミカのことをじっとりとした目で見ていたことに、ミカは気づいていなかった。




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第23話につづく




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