小説『天使さまと呼ばないで』 第24話
カウンセリングの帰り、ミカはデパートに寄った。
(予算は20万円だから、今日は小物を何個か買いましょ・・)
20万円の予算なら、ルウィ・ビートンで小さなバッグだって買えるが、今日はキーホルダーやスマホケースといった細々した物をたくさん買うことにした。
(ブログをたくさん更新するためにも、今日は"質より量"でいくわ)
ミカは結局、キーホルダーやスマホケースといった小物を6点買うことにした。
(2万円だけ予算オーバーしちゃうけど、まあこのぐらいいっか・・)
会計の時に、店員が言った。
「お客様、当デパートのクレジットカードはお持ちですか?」
「いいえ」
「この場ですぐにお申し込みできますが、お作りになりませんか?カードの発行までは現金払い用のポイントカードとしてお使いいただけますし、今回のお買い物分からポイントがつくんです。しかも本日はポイント5倍デーですので、とてもお得ですよ。」
その言葉を聞いて、ミカはひらめいた。
(そうか・・・クレジットカードが取り上げられてるから高い買い物はできないって思ってたけど、自分の口座で新しくカードを作れば良いんだ・・!)
なんでこんな簡単なことに今まで気がつかなかったんだろう。
ミカは早速、新しいクレジットカードを申し込むことにした。
(私の口座から責任持って支払えば良いし、それにせっかくポイントもたくさんつくんだから、作らない方が損よね)
こうして、晴れやかな気持ちで家に帰った。
今日はコウタの帰りが遅いので、先に夕食と風呂を済ませ、ブログをアップする。
今日は買った物全部をアップしない。なぜなら後日ブログに書くネタがなくなってしまうからだ。
(なるべく、しょっちゅうブランド品を買ってるように見せなくちゃね・・)
撮影した後のスマホケースをスマホに取り付ける。さすがブランド品だけあって、美しい。見ているだけでテンションが上がる。
(買ってよかったな〜〜クレジットカードの審査も通るといいなあ)
そこに、コウタが帰ってきた。
「あ、そこに晩御飯用意してるからあっためて食べて」
ミカは炊飯器と、スーパーで買ったおかずを取り分けただけの皿を指さした。
スマホケースをなるべくコウタに見せないようにして、スマホをいじりながらコウタに言う。
少し前までは、ミカは帰りの遅いコウタのためにご飯をよそったり、温めたりしていた。
しかし、クレジットカードを取り上げられて以降、そうした"コウタへの思いやり"からくる行動を取ることは少なくなった。
『私だって稼いでるんだから、そこまでする義理はないでしょ』というのがミカの言い分だ。
コウタが電子レンジで温めた自分の分の食事をテーブルに置くと、ミカはそそくさと自分の部屋に戻ろうとした。
(スマホケースを見られたら、また嫌味を言われちゃうかもしれないし)
しかし、あまり気づかれたくないと思っている時ほど相手には気づかれるものだ。コウタはミカの手にある白色のスマホケースに気が付いてしまった。
「あ、スマホケース変えたんだ」
コウタとしては、ミカの機嫌を取るために他愛もない夫婦の会話をしようと思っただけなのだが、何万円もするスマホケースを買ったことに少し後ろめたさを感じていたミカは、これを"そんな物を買うなんて"と言われているように感じてしまった。(もちろん、コウタがミカのスマホケースの値段を知ったら、そのように言っただろう。しかし、100均のスマホケースを愛用しているコウタは、ミカのスマホケースがそれほど高価な物だとは思いもしなかったのだ)
「そうよ。悪い?」
「いや、前と色が違うなと思って・・」
「言っとくけど、お金なら、ちゃんともう貯められてるからね!来月には全額返せるから!」
コウタにお金のことを指摘されたくないミカは、こうして先に弁明することでそれを防ごうとした。
「・・そっか、わかった」
ミカはそのまま部屋へと戻った。
コウタは少し冷めた味噌汁を飲みながら、考えていた。
(それにしても、4ヶ月間で120万円って・・・)
(いくらミカの作っているハンカチが人気だからって、そんなに稼げる物なのか?)
それはコウタがずっと頭に浮かんできてはいたけれど、見ないふりをしていた違和感だった。
(本当に、パートとハンカチだけで稼いだお金なんだろうか・・・)
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火曜日、ミカはパートに来ていた。
最近パートに入るのは、月曜日と火曜日と金曜日だけだ。
(あーあ。本当はこんな仕事、週1でもやりたくないわ)
客に頭を下げて、時にはクレーマーにイライラしながら必死に6時間働いて5千円ほどにしかならないこの仕事。
(カウンセリングなら一時間もせずに稼げちゃうのに)
それでもこの仕事を続けてるのは、コウタにカウンセリングの仕事をしていることがバレたら怖いのと、月によって収入に変動のあるカウンセリングの仕事だけだと安定性がないからだ。
口をとがらせながら働くミカに、スーパーのお局社員がやって来て言う。
「ミカさん、そんな表情で働いていてはお客様に失礼よ!笑顔も仕事のうちよ!」
(うるせーなぁ、もう)
「はい、すみません・・」
(このババア、私がみんなからどれほど敬われているかも知らないくせに)
(本当の私は、こんな場所で働くには相応しくない人間なのよ)
(みんなが私のことを、天使と思ってるのよ)
(本当はあんたよりもずっと稼いでるし、偉いんだから)
そんなことを思いながらレジを打っていると、卵をカゴに移す時に手が滑り、落としてしまった。残念ながら、何個か割れてしまったようだ。
「申し訳ありません!すぐに新しい物をお持ちします」
手の空いている店員に、卵を持ってきてもらうように依頼をかける。
「もう〜早くしてよ!急いでるんだから」
客のオバさんに急かされる。
(誰にだって間違いはあるでしょ!?私が誰かも知らないくせに、よくそんな口が聞けるわね)
(だいたい急いでるくせにスーパーに買い物に来るなっつーの)
すると、先程ミカに注意をしたお局が新しい卵を持ってきた。
「お待たせしましたお客様、こちらが新しい卵でございます。申し訳ありません」
帰り際に、お局社員はミカにまた小言を言ってきた。
「ミカさん、ちょっと仕事に対する姿勢がなってないんじゃない?しっかりしてくれないと、こっちにまでしわ寄せが来て困るわよ〜」
「はいすみませんでした」
ミカはエプロンを外しながら、無表情に答えた。
(ああもう!やだこんな仕事!)
(私がどれだけたくさんの人を救ってるのか、ここにいる奴らはちっともわかってない)
(私がどれだけすごい人間かも、知らないくせに)
ミカは改めて決意した。
(こんな場所、やっぱり"天使"の私が働くには相応しくないわ)
(辞めてやる。こんな仕事、もう絶対に辞めてやる!)
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第25話につづく