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かきくらべライブ版に書いた掌編小説


氷眼   

「私が生まれ育ったところはね、氷山があるの。ううん、氷に覆われてるんじゃなくて、氷口から氷が噴き出すの。それも活氷山よ。いつ何時、噴氷が起きるかわからない。噴き上がった氷は周辺に飛び散って、家や車に穴を開けたり、生き物に直撃したら怪我させたり、場合によっては死なせてしまうくらい危険な代物なのよ。町に降り注いだ氷は、噴氷が止んで一週間ほどで溶けてなくなるかしら。でもね、溶けずにそのまま形を留めたままの氷が稀にある。触るとひんやり冷たいのだけど、手の体温で水っぽくなるなんてことにはならない。落ちてきたままの球体の形と大きさを保ってるの。そんな氷の中には、必ず黒い球体が入っている。まるで目玉。氷で出来た目玉。氷眼ね。私が住んでいたところでは氷目と呼ばれていたわ。よく、珍しいもの手にしたなって驚かれたものよ。私はね、氷目を見つけるのがなぜか得意だったわ。氷目が私の手元に誘われて来てるのかって思うくらい。私がいくつもの氷目を持っているというのは、ちょっとした噂にはなっていたらしくて、噂を聞きつけて、氷目を譲って欲しい、と言ってきた人もいたわ。私は特に惜しくもなかったら、求められれば譲ってた。氷目を欲しがる人が現れるのはね、目玉のような氷が珍しいというだけじゃないの。もう一つ、そんなに知られていない謂れがあってね。氷目は、誰かが身に付けると目覚めるの。氷目は、自らを身に付ける者の生体エネルギーに反応して、目覚める。そして、周囲の魔を食む。魔を食むとどうなると思う?消えるのよ。跡形も無くね。溶けるのでもないの。忽然と消える。だから、私が氷目を集め続けても、集まりすぎて手に余るなんてことはなかったわ。体のどこかに身に付けていれば、数日のうちに消えてるんだもの。消したくない時は身に付けず、箱の中にでも入れて保存しておけばいい。氷なのに常温でも溶けず、そのままの形をいつまでも保っているんだもの。でね、時々私は、氷目を沢山保存することがあるの。そして束ねるのよ。それがこれ」
リョオコさんはそう言いながら、ショーウインドウに飾ってあった、透明な球体の集まりを手に取り、見せてくれた。
話の通り、球体の中にはさらに黒い球体が入っていた。一つだと目玉のように見えるけども、葡萄の房のように束ねられていると、蛙の卵を思い起こさせる。
「触っても良いわよ」
リョオコさんに促されるまま、葡萄の房を撫でてみる。冷たい。このひんやりとした感触は、氷そのものだ。しかし、私の体温に触れてもこの氷は液化しない。それ以前に、暖房の行き届いた、このへめえれゑ店内の室温にも動じる気配はない。
「溶けない氷・・・」
「不思議よね」
 ちっとも不思議と思ってなさげな顔で、リョオコさんは言った。
 ところで、私は氷眼を一つずつ身に付けていたことがある。そう、あれは去年の今頃までだっただろうか。ここへめえれゑに初めて足を踏み入れた日。その日の午前中まで、私は確かに氷眼を身に付けていた。身体が女性的な特徴を帯びてきた頃から、私は氷眼を身に付けてきた。同じ氷眼を身に付け続けてきたのではなく、いつのまにか消えてしまうと、氷眼専用のコレクション箱から新しく一つつまみ出して身に付け直してきたのだった。それが、あの日最後の一つが消えてしまって、それっきりだったのだ。その日一日中、丸腰になった気分を覚えたものだ。丸腰になった途端にへめえれゑに辿り着いたようなものだ。
はっとなった。
「あの、氷眼には魔を食む効用があるんですか?お守りというか護符というか、そんな感じの」
「そうよ。そう言われているわ。さっき言った通りよ」
 魔を食む氷眼が消えて、それからへめえれゑに辿り着いた。そして、リョオコさんと関わってしまった。
「あら、どうしたのかしら?急に顔中脂汗だらけにしちゃって」
「買います!」
「え?」
「その氷眼買います!」
「あら、お買い上げしてくれるの?ありがとうございます、お嬢様ぁ」
「おいくらですか?」
 サコッシュに散らかして入れていた紙幣を、手繰り寄せる。
「360月」
「は?」
「360月になります、ご主人様ぁ」
「月って・・・」
「月は月でございましてよ、おほほほ」
「何ヶ月の月ってこと、ですか?」
「そう捉えてもらっても結構ですわ、マドモワゼル〜」
 恐怖新聞かよ!
 氷眼を買うことは断念した。またいつか私の枕元に忽然と現れてくれるのを待つしかない。いつもそうだった。月が綺麗な夜の翌朝に、目を覚ますとあれはあったのだ。現れなくなって1年というのがすごく気になるけど、また現れてくれることを願うしかない。魔を食んでもらわなきゃ!
 いや、ちょっと待って。あれを身に付けだした頃から、私の薄幸体質が露わになったような気がする。そう、生理活性物質″D” の発動だ。
 氷眼が魔を食むと、私は嫌われフェロモンを撒き散らし、そして薄幸の美少女の一丁上がり。ん?どういうこと?
 え?え?

(2021年1月31日開催 かきくらべ ライブ版 の沈黙 より)

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