母、ドラえもん
近藤です。
山の我が家の空は「全国的に秋晴れになります」という日なのに雲に覆われていることがしばしば。町に降りると空が青くて高いので、同じ街かしらと思うことがあります。
以前も書いた子どものオーケストラで今、あるプロジェクトが進んでいます。その中で日本的な要素を盛り込んだら良いのでは、という事から子どもたちが浴衣を着て演奏する事になりました。
さて、困った我が家。みなさんご存知かと思いますが、我が家はかなり西洋かぶれ。茶道以外、和風な要素がほとんどないライフスタイルでインディアン風の靴なんかはあるくせに、着物的なものは何にもない。これはまずいぞ。となりました。
そして早速実家に電話。「助けてドラえもーん」とのび太が言うように母ドラえもんに次第を話すと「はーい、じゃあ浴衣干して持っていくねー」と軽々とした返事。
そして翌日には娘、息子、夫、私用の浴衣が小物込みでやってきました。あまりの早さに毎度のことながらこの人ってすごいわ、と感心しました。さすが母ドラ。
子どもたちは喜んで試着して、母ドラと写真も撮ってご満悦。私はと言うと浴衣を作った当時(25年とか30年とか前)よりも体型がドラえもんになっていて、座って演奏できるのかしら?と心配に。そこでいつも日本的な場に出るとき使っていた大学の制服でもいいかなあ、と一応準備しました。
(これが大学の制服。大正時代にできた学校なので和洋折衷型です)
と、そこまではよかったのですが、問題は足元。そこは流石に母ドラも人数分そろえることはできず。私たちも浴衣シーズンが終わった今、用意するのがちょっと難しい。なので色々考えた末にビーチサンダルでいこう、と決定。
(母曰く、よさこいなんてみんなスニーカーやけん。スニーカーでええがね、と)
試着の後は「みんなこれからは海外とかいろんなところで浴衣を着て演奏なんてことがあるかもしれない。親がついていかない時の方が多いだろう。だから浴衣のたたみ方と帯の締め方は母ドラえもんに習っときなさい」と私から偉そうな指示を出してそれぞれに片付けさせました。
もうすぐ中間テストなのに、我が家では楽しいことが絶えず舞い込んでくるので、親子揃って勉強そっちのけになってしまいます。何とかならないものかしら。
しかし、こればっかりは母ドラえもんもいい道具を持ち合わせておらず、むしろ子どもたちは母ドラえもんが来ると喜んでしまい、さらに勉強にならないというカオス。
だめじゃん。でも、なんか、やっぱり、いいじゃん。
では、また。