「これぞ東山彰良!」の短篇集『わたしはわたしで』
テーマが異なる6篇からなる短篇集。
I love you Debby
直木賞受賞作『流』の、登場人物たちの後日譚。
アメリカで娘と暮らす唐哲明。うまくいかない親子が久しぶりに帰国した台湾で、叔父を通して哲明の父親にまつわる秘密に触れていく。
『流』の後日譚というだけあって、台北の裏町の暮らしや、濃厚な親戚付き合い、おせっかいだけど個人主義な人々が描かれていて、「これぞ東山彰良」という短篇。
ドン・ロドリゴと首なしお化け
舞台はメキシコ。統合失調症で療養施設にいる身寄りのない老人ドン・ロドリゴ。元殺し屋で若かりし日の殺しを介護士の「ぼく」に話してくれる。ただ、施設にいる老人たちの話は、どれが本当かウソかわからない。
そんなドン・ロドリゴが長年暮らしたというホテルが人手に渡ることになり――。
モップと洗剤
メキシコの、ありふれた貧しい若者ベニートとビセンテ。一緒に<モップと洗剤>というハンドルネームでインスタグラムをはじめたことで、ふたりの生活が微妙に変化してゆく。
わたしはわたしで
新型コロナウイルスによる景気の冷え込みで、勤務先が倒産してしまった朱里(あかり)。再就職を試みるが不採用につぐ不採用。孤独に耐えかねて朱里は迷走し始める。小説を書き始めたり、パワハラにあったり、不倫相手にLINEしてしまったり。
すこしズレ気味に疾走する朱里はどこへ向かうのか。
遡上
「宿便のようにどっさりと不平不満を腹に溜めこんでこの世に生まれた」安永<ヤッス>幸太郎と、同い年でマンガオタク・小太りのぼく。小さな漁師町で育つふたりは別の道を歩みだすが、なぜか人生が触れ合ってしまう。
REASON TO BELIEVE
この短篇も新型コロナウイルスで職を失ってしまった女性のものがたり。働いていたカフェが閉店して路頭に迷っていた岩淵あゆみは、カフェの常連からソープランドの清掃の仕事を紹介される。
東山彰良の小説を読むと、湿ったコンクリートの匂い、粒子の粗い光と影、不穏な空気、そのひとが一生抱え続けるであろう不安と不満――をいつも感じる。そんな要素が濃縮されたような短篇集だった。