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2021/4/19 生物群としての死、生きる意義

日記を限定公開し続けると、いい振り返りを自分に課すことができるのではないかという実験です。

価値があるかはわかりません(多分ない)が、100年後には価値が出ているかもしれないです。すぐ辞めるかもしれません。

子供が生まれるということ、子孫を残そうとすること

子どもが生まれるということは、家族が一人増えるという最小単位の共同体の中での微笑ましい瞬間であると同時に、国、あるいは地球のような広い共同体から見ればマクロの人口動態に影響を与える一つでもある。

生まれることに対して、生むことを選択した親たちはどのような応答責任を果たそうとしているのか・すべきなのか。「なんで私のことを産んだのよ、頼んでなんてなかったのに!」と激昂する思春期の少女はドラマや漫画でよく見られる。「コウノトリが運んできたのよ」という表現や「インゲンからもいできた」のような表現は、生々しい生殖についてのメカニズムを説明することを避けるためによく用いられるが、それだけではなく””そもそもなぜ産んだのか”ということへ回答することも同時に避けようとしているのではないだろうか。

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日記をまとめて読めます。僕が何かをやらかしてしまったら一気読みする価値を持つかもしれません。

日記を限定公開し続けると、いい振り返りを自分に課すことができるのではないかという実験です。2021年の4月から始めました。 価値はないで…

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