【研修報告】第8回 IPS全国研修会に参加して
こんにちは。就労支援員のサイトウです。
3/17(土) 東京赤羽にある東洋大学にて第8回IPS全国研修会が開催されました。
約190名の方々が参加されたと聞いており、会場は満員御礼。全国各地にこんなにもIPSに関心を持った方々がいることに驚き、そしてとても嬉しくなりました。
今回は、研修会のようすを振り返り、感想を書いてみたいと思います。
9:00-10:30 ウェルカムセッション:IPSについて知ろう
最初はウェルカムセッションとして、IPSの概要が紹介されました。トップバッターは西川病院の林輝男先生。「Individual Placement and Supportと権利条約」と題し、IPSの哲学と方法について説明がありました。
また、わが国が2014年より締結した障害者権利条約の内容とIPSの類似点や、2022年勧告で指摘を受けた点を克服するうえで、IPSモデルに基づく支援の必要性があること等を話されていました。
講演を聴いて、IPSがインクルーシブな社会を作り上げるうえで有用であることを再認識しました。
少し脱線しますが、林先生が以前IPS実践家向け研修でお話しされていた「リスクの尊厳」と「失敗する権利」についてのお話が心に残っているので紹介します。
クリニカルネグレクトとは直訳すると医療放棄、全く介入をしない状態です。一方対極にあるのはオーバープロテクション、過保護的な介入です。IPSはリカバリー志向の支援であり、人が当たり前に持っている「リスクの尊厳」と「失敗する権利」を保証し、経験から学ぶことを推奨します。しかしそれは、全く介入しないことを意味しません。何の計画も立てず無鉄砲に就職すれば、希望を叶えるどころか、失敗したときには大きな傷を負うことも予測されます。そのためIPS実践者はいつもこの両軸を揺れ続けます。よかれと思ってクライアントの尊厳と権利を奪い、専門職の地位を振りかざしていないか、逆にクライアントを放置していないかと悩み、ジレンマを抱え続けながら支援すること。それでもやはりクライアントを信じ、チャレンジしたことを労って「そばに居続けること」が大切であると、当時学んだことを思い出しました。
次は、「IPSを利用したきっかけ、どのようにリカバリーしたか?」というタイトルでIPSの支援を利用し就職した2名の方が登壇され、仕事探しの様子、障がいとの付き合い方について話されていました。その方の支援者も一緒に登壇され、両者の信頼関係に基づくやり取りがまさに「伴走型支援」であると感じました。
最後に、桜ヶ丘記念病院の中原さとみさんのお話と、指定発言者として福岡労働局長で、前厚生労働省障害者雇用対策課長を務められていた小野寺徳子さんが登壇され「IPSと働きがいのある仕事」という演題でお話しされました。
働きがいに関しては、昨今ディーセントワークという言葉がいたる所で聞かれます。中原さんのお話を聴いて感じたのは、IPSはただ就職させればいいというものではなく、その人を知り、その人のキャリアを想像し、その人の希望に思いを馳せることだということです。
小野寺さんも、働き続けるための「多様で柔軟な働き方」を実現させるための支援を強調されていました。小野寺さんのような障害者福祉施策に携われていた方がIPSを応援してくださるのは、とても心強く感じます。
10:40-12:10 ワークショップ 職場開発をわくわくしながら考えよう!
「職場開発」とは、利用者を好みの仕事とマッチングさせるために、支援者が企業にコンタクトを取り、求人開拓を行うことです。このワークショップでは、パパパコメントというツールを活用して、事例の対象者にどのような仕事を紹介するかを会場全体で考え、スマートフォンから送信するという画期的な方法で進められました。送信された提案が画面に次から次へと映し出され、まるでニコ生のような臨場感がありとても盛り上がりました。
障がいがあると「働くことが困難」だと思われがちです。確かにそのような場合もあるかもしれません。しかしながら、実現可能かどうかは誰にもわからないという前提で、こうして皆で案を出し合うことで、その方の可能性を広げることができるということを再認識しました。
この後昼休憩に入りますが、IPSを創始したロバート・ドレイク先生、デボラ・ベッカー先生、IPSを研究されているゲリー・ボンド先生、サラ・スワンソン先生からのビデオメッセージが放映されました。日本で行われているIPS実践が、こうして本場の研究者、実践者から評価されていることは非常に喜ばしいことです。
13:10-14:30 分科会1 就労支援サービスとその質
午後からの分科会では、就労支援のサービスとその質と題して、IPSの再現度を測定するフィデリティについて、研究者の立場から国立精研の山口創生さん、精神科医の立場から希望ヶ丘ホスピタルの福武周作先生、事業所管理者の立場からすみよし障がい者就業・生活支援センターの藤原真由美さん、そして僭越ながらわたしが「若手職員から見た就労支援サービスの質」という演題で登壇しました。
現在全国で行われている就労支援サービスは玉石混交であり、支援の質の担保は常に話題になっています。
利用者へのアセスメント方法については様々な場面で議論されますが、事業所や支援者の質に対するアセスメントはほとんど行われていません。何をもって「良いサービス」と捉えるかは難しい問いですが、ひとつ、有効性が示されているIPSモデルにどれだけ近い支援ができているかを第三者が測定するIPSフィデリティ調査は、有効なサービスを提供できているかどうかという指標の一つとして評価できると思います。
福武先生、藤原さんは組織のリーダーとしての視点から、フィデリティ結果をどのように役立てているのか、質の向上に向けた取り組みについてお話しされていました。
一方でわたしは、支援者が生き生きと働くためにフィデリティ調査が活用されているという内容のお話しをさせていただきました。
支援職というのはどうしても「しんどさ」を覚える場面が多いと感じます。しかし調査を受けることで、支援者としての自信が得られ、支援の方向性を振り返る機会となること。また副次的ではありますが、第三者機関との交流を通して支援者同士が励まし合えるという利点があることをお伝えしました。有効な支援を実践することが、支援者のやりがいやワークエンゲージメントの向上に寄与しているのではないかと考えています。
フロアからはフィデリティ調査の限界、疑問点等の質問が多く出され、私自身十分な回答ができず自分の力量不足を感じた時間でもありました。
山口さんは「IPSが最善の支援だとは思っていない」とおっしゃっていました。IPSをアップデートする、もしくはそれに代わる、より本人の希望を叶えるための支援についても考えていかなければならないと思いました。
13:10-14:30 分科会2 多様な対象への就労支援におけるIPSの役立て方
元々重度精神障がい者支援の分野で発展したIPSでしたが、現在では様々な対象者にも用いられます。救護施設で支援を実践されている田邊俊介さん、あだち若者サポートテラスSODAで若者支援を行っている内野敬先生、薬物依存症の方を支援されている引土絵未さんが登壇され、それぞれの実践についてお話しされました。こちらの分科会は残念ながら聴講できませんでしたが、IPSを一言で言い表すならば「利用者と伴走する就労支援」だと思っています。こうした意味で、IPSは精神障がいに限らず、そもそも障がいか否かを問わず、孤立・孤独を抱える全ての人に役立つ支援であると感じています。こうした、さまざまな対象者への事例が積み上がっていくことで、IPSが進化していくのではないでしょうか。
14:45-16:45 伴走型就労支援・IPSの今後に向けて
最後の講演は伴走型支援について、日本の就労支援を長い間実践してきたレジェンド達が登壇されました。伴走型支援は「当たり前」の支援だと思います。しかしながら、当たり前を行うには制度の壁や人材育成等、様々な課題があります。特に医療や福祉の現場では報酬改定が追い風にも向かい風にもなり得ます。
2024年の障害者雇用促進法改正により法定雇用率の改定、短時間労働者の算定や障害者雇用相談援助助成金制度の開始等、制度が変わっていく中でIPSをどう活用していけばよいのか、単に数合わせとしての雇用になってしまわないか・・・。各登壇者の白熱した議論が印象的でした。
さいごに・・・ある当事者の声から
IPSは、各登壇者が何度も発言されたように「伴走型支援」です。
「行動することでしか変わらない」と、ある当事者の方は言いました。その通りだと思います。ただ、行動することは崖から飛び降りるくらい怖いことなのかもしれません。そんな時に「一緒に頑張ってみない?」と隣にいる支援者が声をかけてくれる。そうした伴走型支援はIPSの核となるものです。このような人間味あふれる支援が広がっていくことで、多くの方が就労を通して自らの希望を叶えられる社会になることを一実践者として切に願います。
IPSはとてもやりがいのある支援です。会場に来ていただいた皆様に、少しでもその魅力の種を蒔くことができたのならばとても嬉しいです。
今回、大会に参加してくださった多くの皆様に感謝申し上げます。
また、1年前より企画、準備に奔走してくださった第8回IPS全国研修会東京大会チームの皆さま、貴重な機会をくださり本当にありがとうございました。
附記:IPSとはなにか
IPSとは(Individual placement and support:個別職業紹介とサポート)の略で、米国のニューハンプシャー州で研究が始まった就労支援モデルです。従来の就業準備性モデル(訓練モデル)に比べて就労率の高さが研究により実証されています。IPSでは就労は「病気を悪化させるもの」ではなく「治療的でありかつノーマライゼーションをもたらすもの」であると考え、クライアントの好みやストレングスに着目して、迅速な就職活動を開始します。
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