世の中の仕組み
旅は私が考えていたほど簡単な物じゃなかったわ。
食べ物も、寝る所も全部「お金」っていう物が必要なのを私は知らなかったもの。
でも、私には使い古しのおもちゃのピアノしかない。
町の公園で、広場で、時にはお店の前でだって私は弾いたわ。
お金が集まらなくて、公園で草を少しだけ食べて寝た日もあったわ。雨の中、どこにも雨宿りできなくてずぶ濡れになりながら一晩中歩き続けた日も。
ご飯が毎食あって、屋根付きの暖かい寝床があって……今までいたサーカスがどれだけ恵まれていた所なのか、思い知ったけれど、不思議と帰りたいとは思わなかった。
確かにサーカスは恵まれていたけれど、物が恵まれているだけでちっとも居心地なんて良くなかったから。テントの中にいれば向けられる白い視線、テントの外に行けばそれはなかったけれど、毎日テントの前で演奏するのだって他に何もできないっていう、証明みたいで本当は嫌だったもの。
ある街で私は不思議な絵かきさんと出会ったの。
その人は演奏している私をニコニコしながら一日中絵を描いていたわ。
そして、一日の演奏が終わった時、おもむろに近づいてきてその絵を見せてくれたの。
そこには、楽しそうに空を駆け回る私や、雲の上でお昼寝をする私、もちろんピアノを弾く私もいたわ。どれもこれも綺麗で私は嬉しくなったの。
「これ、売るの?」
丁寧に書かれた作品とも呼べる、ううん。作品達を前に私は絵描きさんに訊いたの。でも、絵描きさんは首を横に振った。