二度と叶わぬ願い
きっと、この書は歴史という大きな波にかき消される泡沫のようなものになるだろう。だが、いや、だからこそ、ここに記そう。自分が見てきたものを。
私の仕える主は後に『伊達政宗』と呼ばれるようになる少年だ。
彼は、後の世ではとても人気者になるらしいが、私が話すのはそんな輝かしい話ではない。
政宗様は自分を産んだ母君と仲が良くなかった。もっと正確に言えば、母親君が自分の腹を痛めて生んだ子を愛せなかったというやつだ。それでも、幼少期、本当に幼子だった頃は母君も愛しておられた。それがおかしくなったのは、政宗様が天然痘にかかりそれによって片目が見えなくなってからだった。
母君は何者かの呪いだと信じ込み、このまま政宗様を生かしておけば伊達家に災いが起こると本気で思い込み、何度も殺そうと画策された。
天然痘と言う病気はその当時、解明もされておらず、呪いの類だと信じられたから致し方ないと言えばそれまでだが、自分には我が子が呪いの類で目が見えなくなったら、祈祷師を呼ぶとか、呪いを払おうとするのが親というものではないかと思ってしまう。
無論、政宗様はそれをご存知のようだった。だが、母君に愛してもらおうと上手く見えぬ体で花を摘んで持って行ったり、剣の稽古に打ち込んだり痛ましいほどに頑張っていらっしゃった。
だが、母君はその思いに答えようとするどころか、その気持ちを知ってわざと踏みにじっているようにすら見えた。
差し出された花を払い除け踏みつけたり、稽古をしているところを見ると
「我が家を滅ぼす練習かしら?」
と言ったり。家臣である自分が聞いても心が痛むようなことをなさっていた。
それでも、政宗様は涙をこぼさなかった。唇を血が出るくらい噛み涙をこらえていらっしゃった。
政宗様には弟君がいらっしゃった。その方は体こそ強くはなかったが学問に精通し、母君は彼こそが誇りの息子だと言わんばかりに可愛がっていた。
周りの者は母君の寵愛ぶりから見て弟君が伊達家を継ぐものだと思っていたが、継いだのは政宗様だった。
母君はそれに腹を大層立て、弟君を連れて実家に帰ってしまわれるくらいだった。
だが、跡継ぎを決めた父君の選択は正しかったと自分は思っている。
泰平の世なら弟君が継いだ方が伊達家は繁栄したかもしれないが、今は戦乱の世。総大将が臣下より弱い等許されない。家督を継いだ頃、政宗様は片目の不利を感じさせないどころか、国で一番強い腕を持っていた。その上、もともとあったカリスマ性か、努力していたところを臣下達が評価したのか、その両方なのか、臣下たちの評判もとても良かった。
これから政宗様の覇道が始まるのだろう。自分がどこまで見られるかわからないが、見られる限り見ていたいと思う。
さて、筆をおこう。
これから、政宗様は辛い戦をされる。
母君と弟君の住まう城に攻め込むのだ。
君主である政宗様の静止を振り切って母君が救援を求めてきた国に兵を送り敗走した。
臣下の怒りや民の嘆きは大きなものだった。
それ故、粛清と逆らったらどうなるのかを近隣諸国に見せしめるためにこれから、城を落としに行かれる。
また、幼い頃のように、唇を血が出るほど噛み締められることだろう。
だからこそ、自分はそこまでの道を切り拓くため、出来るだけ政宗様が臣下を斬らずに済むようにご一緒するのだ。