サーカスとの別れ
その夜、私は団長の部屋の前にいたの。
「ここを抜けたいです」
ってちゃんと言わないと、心配すると思ったから。前足でノックすると待っていたように扉が開いたの。
入るとそこはいつか本で読んだ魔法使いの部屋のようだったわ。不思議な文字で書かれた本の山と、実験に使うと思うガラス器具。そして、透き通る綺麗な羽を持った妖精。
団長のくすりと笑う声で、驚いてそこに立ち尽くしていた私はここに来た理由を思い出した。
「ここを出て旅に出たいんです」
声が震えたわ。今まで何も言わずにここに置いてくれた団長。その人にこんなお願い、いけないことはわかってたから。
団長は何も言わずに優しく微笑むと私の頭を撫でてからパチンと指を鳴らした。
すると、ピアノの弾きすぎでひび割れていた蹄が治って靴を履いたみたいに黄色と赤で出来た模様に変わったの。
そして、団長は首に愛と同じ赤と黄色の首輪をつけてくれた。
それだけで、サーカスのステージに立っている馬みたいだと思って嬉しくなったの。
喜ぶ私を見て団長は満足そうに笑った。その顔はすごく穏やかで、まるで父さんや母さんが私を見て微笑んでる時みたいだった。でも、少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいかしら?
私は頭を下げて、父さんと母さんのところへ行った。事情を話すと、2人とも頷いて無言で送り出してくれた。
最後に、入口でピエロさんに出会ったの。
「行かれるんですね」
「おや。その首と蹄は……団長がくださったんですね」
うなづく私に、
「それは、団長が認めた団員だけがもらえる模様です。きっとあなたの役に立ちますよ」
私は泣き出しそうになった。ちゃんとここの団員だって認めてくれてたんだって嬉しくて。でも、泣かなかったわ。旅立ちに涙は似合わないもの。
ぺこりとサーカスに頭を下げて私は朝日のほうに向かって走り出したの。何故か足がすごく軽くて、今まで付けてた重りが外れたみたいだったわ。