一握の欠片
何でも「好きです」って答えて
何でも「やれます」って答えて
結局集めたものは、残ったものは「NO」と言えば壊れて消えていくものと「YES」しか言えない僕だけだった。
何でも「好きです」って、「やれます」って答えていた時、皆からの僕の評価は『良い人』だった。少なくとも僕はそう思っていた。皆そう言っていたから。そうやって誰からも好かれて頼られる自分は好きだった。
だから『嫌い』を『好き』に、『出来ない』を『やれる』に上塗りし続けた。まるで『嫌い』を悪の様に『出来ない』を仇の様に嫌っていたし、そう言ってしまう人たちをつまらない人だと思っている節もあった。
でも心も体も正直なもので、心は軋んで体は悲鳴をあげた。けれどしばらく聞こえないふりをして知らないふりをしていたら本当に聞こえなくなって分からなくなった。僕はただ誰かに嫌われることが、1人になるのが怖かったからその事を素直に喜んだ。
引っ張られ続けた糸が前触れもなく切れる様にある日突然僕は体を壊した。原因を尋ねた僕に、医者は
「しばらく療養してください」
とだけ言ってそのまま薬も入院もなく、それどころか何の手当てもされずに家に帰した。
しかしどれだけ経ってもご飯を食べて眠る以上のことが出来ない僕を誰も助けてくれなかった。皆好きでいてくれるから、手を差し伸べてくれると思っていたのに。
「お前に頼めばやってくれると思ったけど、出来ないなら他のやつに頼むよ」
ある時、誰かがそう言った。その瞬間、僕は『都合の』良い人だったんだと思い知らされた。僕の代わりはいくらでもいたんだ。
今まで集めて大切にしていたものが日光に当たった雪の様に音すら立てず消えていく。
それが嫌で、なくなるのが怖くて、泣いてわめいてすがって願った。なりふりなんて構っていられなかった。でも、そうすればするほど消えるスピードは速くなっていった。
「……どうして?」
世界は明るくて、眩しくて、眩しすぎて、何もなくなった僕がどれだけ汚れているのをありありと写していた。目も開けられないほどに輝く皆を見ていたら目が潰れるかと思った。だから僕は目を閉じてうずくまった。
死のうと思っても死ねない。誰かもわからない『僕の死を悼む周囲の人』の存在で、死のうとすることすら許されない。世界は地獄だった。時折差し出される手が見える。でもその手を掴もうと手を伸ばして辛かったことを口にすると、すっとその手は姿を消した。
「僕が悪いんだ。僕がちゃんと出来ないから。だからだれも助けてくれないんだ」
その度に僕は自分を責めた。でも、ちゃんとすると言っても具体的にどうしたら良いのか全くわからなかった。
自分も他人も世界も何もかもを恨んで、呪って何年も過ごしているうちに僕の状況は精神的にも金銭的にも悪くなってとうとう部屋から出られなくなった。
その頃には誰かに縋るのさえ疲れてしまっていた。
「どうせ誰も僕を助けてくれない。世界中から嫌われて邪魔者扱いされているんだ。死ぬ事さえ迷惑なら元からいなければよかった」
そんな呪怨を繰り返し吐いていた。
ある時、差し伸べられている手に気がついた。
「物好きもいるもんだ。どうせ都合が悪くなったらあんたも手を引っ込めるんだろ」
などと自嘲しながら少しだけ期待を込めて僕も手を伸ばした。
結果から言うとその手は引っ込められることなく僕の手を握ったまま隣にいてくれている。助けるでもなく、なだめるでもなく、ただ隣にいるだけ。いつまでたってもそれ以上のことは何も起こらなかったけれどこんなに長く引っ込められないのは初めてだった。
ある時、ふと怖くなって僕はその手に言った。
「離しなよ。君も僕みたいになるよ」
僕と同じ様に誰にも相手にされなくなる。優しくしてくれる相手がそうなるのはなんだか嫌だった。
鼻で笑うようにその手は答える。
「僕はきまぐれで手を貸してるんじゃないよ。以前の君と違ってね」
きょとんとする僕に手は続ける。
「最後まで責任が持てないなら最初から手なんか貸すべきじゃない。きまぐれや自己満足で手を差し出されて、都合が悪くなったからって手を引っ込められたら余計に辛くなるだろう?」
言葉が出なかった。手の言っていることは全部当たっている気がした。
「じゃあ、君は僕を最後まで助けてくれるの?」
「助けないよ。隣にいるだけさ。君は自分の力で助かるんだから」
「やっぱり……」
誰も助けてくれないんだ。少しだけ明るくなった心が暗い穴に落とされた様に真っ暗になった。
「僕は僕の意思でここに来てここにいる。だれのせいでもない。僕が考えて決めたことだ。君もどうしたいか、自分で考えて自分で決めろよ。いつまでも誰かのせいにしているのはどうかと思うよ」
『どうして頼まれた僕が責任を取らなきゃいけないんだ』とか、『誰々が僕に頼んだからこんなめんどくさいことをする羽目になったんだ』とか、『僕が不幸なのはそんな僕を誰も助けてくれないからだ』とかそんなことばかり思っていた。本当に嫌なら断れた。やると決めたのはいつだって僕だった
「子供じゃないんだ。生きたい様に生きればいいじゃないか。自分で決めて自分で責任を取りながらね。僕はそれを隣で見てるよ。自分の責任でね」
不思議なことを言う手だと思いながら僕は自分からぎゅっとその手を握った。
「そう思ってくれる間でいい。隣にいてくれなかな」
「隣にいるだけだよ?」
「それだけで……ううん。それだけがいい」
いつか自分の力で幸せになろうと思えた時に一番に知らせたいんだ。大切なことを教えてくれた君に。