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虫を食べるということ②ヒトが虫を食べるのに不思議はない
写真:左上:イナゴ、右上:ゲンゴロウ
左下:スズメバチの幼虫、右下:タガメの卵
「虫を食べるということ①」に対して、何人かの友人・知人がコメントを寄せてくれました。なかに醤油や味噌の醸造家のコメントがありました。いわく、
「イナゴが食べるのは草(植物)ですし、長野県では永く食べ継がれて来たと言う歴史があるので、一種の食文化とも認められると思います。が、コオロギは、雑食性のスカベンジャー(死肉&腐肉食動物)で、漢方では『微毒』として扱われています。だからイナゴとコオロギを、同じテーブルに上げて同様の扱いにするのはむつかしいと思います」
このご指摘のとおりだと思います。とくに最近、あちこちで「コオロギ醤油」が話題になっています。それゆえ醸造家として警鐘を鳴らしておきたいかったのかも知れません。
ただ、猛毒を持つフグも、適切なエサで飼育するとテトロドキシンを持たない無毒の成魚が育ちます。コオロギの場合も、もしかするとエサ次第で安全性が高まる可能性があるかも知れないとも思わされます。
今ひとつのコメントは、
「コオロギが伝統食である文化があるのか、知りたいものです」
これも微妙ですが、ぼく自身、ラオスの田舎でコオロギを集めている子供に出会い、どうするのかを聞いたところ、「食べるのだ」という答に出くわしたことがあります。ネット上には「コオロギの素揚げ」を紹介する記事もありました。
https://www.asahi.com/and/article/20210721/406821972/
まだまだ日本では昆虫食に関して、いろんな見方があります。それが人間の心身にどんな影響を及ぼすのか、きちんとした研究が続けられることが必要のようです。
『虫を食べる文化誌』(梅谷献二、2004、創森社)に、こんな記述がありました。
「現在、世界中で恒常的に食べられている昆虫は、メキシコの約300種類を筆頭に、500種類以上はあると推定されている。……(日本でも)江戸時代に庶民がひんぱんに食べていた昆虫には、イナゴ、スズメバチ類の幼虫、タガメの卵、ゲンゴロウ(金蛾虫)、ボクトウガやカミキリムシの幼虫(柳の虫)、ブドウスカシバの幼虫(えびづるの虫)などがあり、調理法も虫によって煮る、焼く、漬ける、でんぶにするなどさまざまであった」
このことは、20世紀を迎えた日本にもあてはまります。1919(大正7)年に実施された全国的なアンケート調査の結果によると、ハチ類の14種、ガ類の11種、バッタ類の1種種を含め、合計55種の昆虫が食用に供されていたといいます。地域別には、長野県の17種をはじめ、41道府県で、なにがしかの虫が食べられていたのです(三宅恒方、1919「食用及薬用昆虫に関する調査」『農事試験場特別報告』三一号)。
その結果について梅谷(前掲書)は、
「これらには、せっぱつまった救荒食は含まれていないので、近代までの日本人は実にいろいろな虫を、好んで食べていたことがわかる」
とコメントしている。
日本に限ったことではありません。少し丹念にいろんな資料を参照すると、世界各地で多種類の昆虫をはじめ、さまざまな虫が食用に供されていることが分かります。それは、人間の食性が本来、極端な偏食から雑食まで、著しく多様だという事実の一側面だと考えられるのではないでしょうか。
たとえばアフリカのサバンナに暮らす牧畜民マサイの人たちの伝統食は、牛の乳と血、キャッサバデンプンを湯でこねたウガリに、ほぼ限られていたようです。
いっぽう中国の人々は実にいろんな物を食べます。なかでも、
「広東人は奔放で広大な食欲、味覚、料理術を誇り、みなさんすでに御存知のように《空を飛ぶ物で翼のある物は飛行機のほか何でも食べる。地上にある四本足は机のほか何でも食べる。二本足は両親のほか何でも食べる》」(開高健、1979『最後の晩餐』文藝春秋)
とも言われてきたようです。
ここで思い出すべきは、「ヒト(homo sapience)」という種の由来です。人類進化論によると、ヒトは霊長類の一種です。その霊長類は、樹上で虫を食べる小型の哺乳類として誕生しました。しかし、進化の途上で大型化が進んだ結果、より効率的なカロリー摂取に適した果実食を経て、やがて葉食を中心とするに至ったと考えられています。
ところが、類人猿になると、あらためて雑食性が強まり、とくにチンパンジーでは、タンパク質を補うための昆虫食が盛んになるといいます(山極寿一、2008『人類進化論─霊長類学かっらの展開』裳華房)。
周知のように、チンパンジーと人間のゲノムの間には、ほとんど差がありません。ならば人間が、栄養源の一つして、好んで昆虫を食べたとしても不思議はあるまいと思われるのですが、いかがなものでしょうか。