年をとるということ
還暦を過ぎた頃からぼちぼち、初老である、という事を自覚し始めるさまざまな出来事に遭います。
ちょっと前まで「まだまだ若いと思っている」私がいたのですが、この頃では急速に衰えを感じたり指摘されたりすることばかりです。
健康を脅かすさまざまな現象が起き、見た目にも明らかな劣化が現れてきました。
去年の年明けに腰から足にかけての激痛で動けなくなってしまい、滑り症との診断でした。
原因は多分、階段を駆け降りたことだと思います。ニ、三段飛び降りる事を何回か繰り返した翌朝、動けなくなってしまいました。
急いでいたのは確かですが、その頃、階段を飛び降りるとか駆け降りるとか、そんな元気があった事が不思議でなりません。
それからひと月は、仕事を休み(結局辞める事になったのですが)、引きこもって鬱々とした日々を過ごしました。
その後、本当に鬱になってしまうという危機感から、パートバンクでクリニックの清掃の仕事を紹介していただいたのです。
始めは、足腰の痛みで思うように動けず、情けなさから涙が出そうな時もありましたが、リハビリと思うことで続けることができました。
60歳過ぎて何のスキルも持っていないおばさんが仕事を探そうとしても、清掃か食器洗いか介護施設か、この三職がほとんどです。そして、そのどれもがかなり身体に堪えます。
世間は厳しい、と思ったけれど、ガタがきた身体にムチ打って働いたことで案外、心も身体も持ち直したのかもしれません。
この3時間の清掃は、ストレスがなく、今では身体が動く限り続けたいと思うほどになりました。
見た目の劣化については、自分で鏡を見れば一目瞭然ですが、腰を痛めてからの姿勢や筋肉が落ちたことなど体型の変化も老化を感じる大きな原因になっています。
自分の孫から「ばぁば」と呼ばれるのは何の抵抗もないけれど、近所の3、4歳の子どもさんから「おばあちゃん」と言われた時のズドン!ときた衝撃は忘れられません。
先日、自分とさほど変わらないと思える年恰好のご夫婦から「おばちゃん」と呼ばれました。初対面のおふたりです。
せめて「奥さん」でしょう、とも思いましたが、「おばあちゃん」でなくてよかった…とも。
若作りはみっともないと思うけれど、今の年齢より少しでも若く見られたい。年相応でいいじゃない?と思ってた頃もあったのに。
立ち姿のシャンとした小綺麗な年寄りになりたい、とヨガに励む今日この頃です。