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palabras*3

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午前10時のプールは
まだ人もまばらだった。

人の少ない今のうちに、
と思って歩きながら肩を回し首を回し
ビーチチェアにキャップと水とサングラスを置いて
脚を伸ばしたり曲げたり
あとはその場でぴょんぴょん飛んだり
手足をブラブラして
軽く準備運動をした。

ビーチリゾートではないここのプールは
真面目な長方形のプールだ。

プールに近付き水に触れる。
梯子を使って水に入り
大きく息を吸ってから
重心を低く筋肉の重みを作って
足を曲げて
一旦中に潜り込む。
包み込む水の感触を味わう。
水が作る無音の世界
力を抜いて
肺に残る空気の浮上を利用し
足を伸ばしてゆっくりと水面に頭を出す。

気持ちがいい。

泳ごう。

そう思い、
プールの壁を両足で思い切り蹴った。

息継ぎは右から
左は苦手で2回に1回のペースで入れる。
端まで行くと水中でターンして
来た道を戻る。

自分の作る水が動く音だけが
耳に届く。
その音に集中する。

何往復かして満足して
ターンの回転のついでに
そのまま力を抜いて浮上し
背中で浮かぶ形になる。

アゴを上げて鼻から大きく息を吸って
全身の力を抜いて浮かぶと
耳にちゃぷちゃぷと水音が遊びにきた。

心地いい。

水の音をずっと聞いていられそうだったけど

このまま寝たら沈むのかな?
と不安になって
足に力を入れて立ち上がった。

プールから出て飲みかけの水を飲み
タオルで頭を拭いてから
それを肩にかけて
ドサッとイスにもたれた。

寝れそぉ…

辛うじてサングラスだけして

頭の中でさっきの水音を思い出す。

ちゃぷちゃぷ…

はぁ…

幸せ…zzz

どれぐらい眠っていたかわからないけど
全身からポタポタ水を垂らしている
イアンに濡れた手で体を揺すられた。

犬みたいにブルブルっと頭を振る。
飛んでくる水に顔をしかめる。

「おはよ!ジミン。
気持ち良さそうに寝てるとこ悪いけど
もう12時だから。
行くならシャワー浴びて
ごはん食べた方が良さそう。」

「あ?もう12時?」

「うん。
観光行かないなら、そう伝えるけど?」

んーーーーー
と腕を上げて伸びをして
腕を上げたまま考える。

どーしよっかなーー

腕の力を抜いて
パタ、と下ろして

行こ。

体を起こす。

頭の後を触ると
まだちょっと濡れていた。

「行く。」

イアンはタオルで体を拭きながら
僕の動きを目で追っている。

「行けそ?」
と言われて

「ん。」
と言って立ち上がり
ちょっと伸びたり
首をコキコキしたり
肩のタオルを直したりしながら
のそのそと部屋に向かう。

隣の大男の歩幅は大きくて
颯爽としていた。

部屋に戻ってシャワーを浴びて
タオルでガシガシ頭をふいて
Tシャツとデニムに着替えると
思いの外頭がスッキリしていた。
体も軽くて気分がいい。

サングラスをTシャツの首のとこに引っかけて
キャップはちょっと濡れちゃってるから
別のやつ。

脱いだ水着をジャーと水で流して
全身の力を込めて絞って
バスルームに干しといた。

一応財布の入ったボディバッグ
スマホはポケットに入れかけて
危ないかな、と思ってバッグに入れた。

窓の外の景色に目をやって

暑そうだな

と思っていたら

コンコン、とドアを叩く音がした。
イアンだ。

「ジミン、行けそう?」

ドアの向こうから声がする。

「今行く」
と答えて
カードキーを持って
ポケットにつっこみかけて止めて
それもバッグに入れた。

イアンと下まで下りてレストランに入る。
ビールを注文しかけて
せっかく体が軽いから、
と思ってやめた。
イアンはもともと昼間は飲まない。

昼は軽めにサンドイッチ
もうちょっと食べたいかな、
と思ったけど
体が軽い、この気分を体に留めたくて
追加はやめておいた。

アイスコーヒーをすする。

朝ソラさんがいた窓の方から
角度の違う光が差し込んでいた。

エントランスまで行ったら
ソラさんとタクシードライバーが
車から下りて待っていた。

僕たちに気付くと
ソラさんが右手を挙げて知らせてくれる。

ソラさんがドライバーを紹介してくれて
イアンがあいさつして握手して
僕を紹介してくれて
ドライバーが僕にも手を差しのべてくれたので
イアンに倣って僕もドライバーと握手をした。
大きな肉厚の手だった。

走り出してすぐに彼女がイアンに話しかけ「『建築物と古代遺産とどっちがいいかな?』て聞いてる」
とイアンが聞いてくるので

「どっちが近いですか?」
と聞いたら
「『テオティワカン遺跡は1時間ぐらいかかるみたい。スペイン植民地時代の建築物のある
歴史地区は30分ぐらい』僕はどっちでもいいよ」とイアンが言うので
「彼女の希望は?聞いてみて」
とイアンに言って聞いてもらう。
「『行かない方に明後日行くからどっちでもいい』って。」

んーーー。
と考えて予備知識ないけど
「テオティワカン!」と答えた。

「OK」
とドライバーが返事して車線を変えた。

「博物館はどうでしたか?」イアンが聞くと(たぶん)
「『すごかった。時間が足りなかったから
もう途中から明後日また来ようって
思いながら見てた。』らしいよ」とイアンが教えてくれる。

「なにが、良かったですか?」
と僕が聞いたら
考えながらゆっくりと
「広くて、いろいろもう…」
と言ったところで時が止まったように
しばらく考えて

「すごくて…」

と力が抜けたようになり

それは相手の強さに降参するときのように
称賛を存分に含んだ言い方で

アゴに人差し指だけ軽く触れながら
また無言で何か考えて
一旦目を閉じて決心したかのように
運転席の後ろの僕の方を体ごと見て

「知りたいなら、行くべきだわ」

もうそうとしか言いようがないという風に
きっぱりと
きりっと強めに日本語で発した。

「ぷっ」
と横で何故かイアンが吹き出していた。

「お昼は博物館で?」とイアンが聞くと(たぶん)
「あ!」と言ってドライバーを見て
短い言葉で彼に何かを伝えた。
ドライバーは問題ないよ、とでも言うように顔の前で手を振った。
そして2言、3言交わしてから

「『ごめんなさい、お昼食べるの忘れてて。彼も食べてないからちょっと買って車で食べてもいいかな?』だってw』」
これには僕の返事を待つまでもなく
イアンがすぐに「もちろん、どうぞ」と答えていた。

ドライバーの判断で近場にある彼の好きな
タコス屋に寄って行くことになった。

「食べますか?」
と彼女に聞かれて
「んーーーーーーー。 食べます❤️」
と答えた。
隣のイアンにもおそらく同じ質問をして
イアンはうーんとかあーとか唸っていたけど
結局食べると答えていた。

ホテルのタコスも本場のだけど
屋台のタコスはまた違う味で
これはこれで
やっぱり食べて良かった。
みんなでおいしい、おいしいと言って
ニコニコしながら食べた。
ドライバーが何度もミラーで後ろの僕らを確認して本当に嬉しそうに笑っていた。

初めて聞くソラさんの スペイン語は
歌っているみたいだった。

その夜は3人とも完全に遺跡にあてられて
放心状態だった。

帰り道でドライバーと食事をとり
ホテルまで送ってもらった後も
時空間を浮遊しているような僕たちは
「バーに行く。まだ寝れない。」
と言うイアンの決定事項のような言葉について上の階にあるバーに来た。

僕もおそらく2人も
自分の中にある情報と衝撃を処理するのに手一杯で
まともな会話はあまりなかった。

ソラさんはたまにスマホで何かを検索しながら
こめかみに指を当てたり
アゴ先をつまんだり
おでこに手を当てたりしながら
何やらブツブツ言っていた。

11時を回る頃
朝から情報過多でもう限界、
と言わんばかりのソラさんが
「寝るわ。無理だわ。脳ミソパンクした」
とボソボソ英語でイアンに告げ離脱した。

「おやすみなさい」
と日本語で言って
右手を弱々しく振って去っていった。

僕とイアンはその後もしばらく黙ったまま
アルコールだけを摂取していたが
イアンが観念したように
「遺跡ってすごいのな」
とバカみたいに本当のことを言ってきたけど
それはちっともバカみたいじゃなくて
僕も同様言葉がみつからなくて
イアンの目を見て音もなく「うん」とうなずくのが精一杯だった。

言葉にしてみて解決したのか
イアンの視線がバーで働く人たちに移ったので
僕もつられてそっちを見る。

しばらく彼らの落ち着いた無駄のない動きを観察していたら
だんだんと人の輪郭がはっきりして
ゆっくりとここに戻って来たような感覚になった。

はっきりとはどこにいて
何を見ていたのかはわからない。
人とともに石を積んでいた気もするし
叢から静かに見ていた気もする。
神殿で跪いて祈っていた気もするし
遺跡を見て恐怖を感じた気もする。
あるいは空からその全てを見ていた気もする。

「おかえり」とそう、
心のなかで言ってみた。

翌朝は10時に目覚めた。
昨日頭を使いすぎたのに加えて
ピラミッドに登ったのがいい運動になり
夢も見ずに眠った。

スマホを見ると定期便のようなイアンからのメッセージ
8時にはジムに行き
9時には朝食
そしてついさっき『街を走ってくる』と。
敏腕マネージャーの体内時計は今日も正確だ。

『今起きた』とだけ返信してスマホを置く。
今日も予定は決めていないから
イアンも適当な時間に帰ってくるだろう。

イアンもいなしい朝食は部屋でいいかと思い
ルームサービスを頼む
まだ英語は緊張する。
部屋の電話を持ちながら思わず背筋が伸びる。

お腹が空いていたので
アメリカンブレックファストで
卵は片面焼き、ソーセージを頼んだ。
上手く伝わっているといいけど。

水を飲んで着替えたり顔を洗ったり
相変わらずボサボサの頭を濡らした手で整えたりしていてら朝食が届いた。

食欲をそそる匂いが部屋に広がる。
思い描いたままの朝食が届いたので
気分が上がる。
首尾は上々だ。
今日もきっといい日に違いない。
ここの日差しは今日も強い。

食べながら昨日を思い出し少しスマホで調べる。
そういえばピラミッドって
エジプトにしかないと思ってた。
笑える。
ツアーや仕事で色んな国に行った時に
もちろん時間があれば観光もしたし
世界遺産と呼ばれるものも観てきた。
でも何だろう。
昨日見た遺跡のパワーみたいなもの
あれ、何だったんだろう。
考えてみるけど答えはでない。

特別遺跡やピラミッドに詳しいわけではなく
にわか知識で気後れするけど
知らないから知らないなりにだけど
『見ておくべき』という彼女の言った言葉のその意味がよく理解できた。

そのまままたしばらく調べものをしたり
昨日までの写真を見返したりしていたら

コンコン、とドアを叩く音がした。
たぶんイアンだ。
すぐに「イアンだけど」とドアの向こうから声がする。

「おかえり」と言ってドアを開けると
汗をかいても爽やかなイアンが
「おはよ。」と言う
続けて
「シャワー浴びてきたら、ちょっといいかな?」と言うので
「じゃあ部屋にいるわ。後でな。」
と言ってドアを閉めた。

「ごはん頼んだんだ?」
シャワーを終えて部屋に来たイアンが
ホテルのボディソープの香りを漂わせ
外に出してあったワゴンを指しながら言う。

「さっき。お昼はたぶん無理だわ」

「注文できた?」

「大丈夫だった。ちゃんと来た。」

「やるねぇw」
イアンがからかってくる。

角にあるソファに腰を下ろしたイアンが
「ちょっと提案というか希望なんだけど」
と言って話し出す。
そして率直に本題に入る、
僕はイアンのこういうところが好きだ。

イアンの提案はさっき僕がした検索と一致していた。

『チチェン・イッツァを観たい』
イアンもイアンで昨日から脳内は
遺跡や歴史に振り回されているらしかった。

「観るならカンクンからが良さそうでさぁ」
とイアンがスマホを見ながら言う。
「ホテルとエアーの手配は
日付次第ですぐするけど
韓国に帰る日は変えられないから
カンクン行くとソラさんの移動と
被るから、 一応声掛けた方がいいよね?」

「そうだよな。観光は別だとしても。
一応言って置かなきゃ。
彼女のお陰で出来たプランだし。」

「逆にまた便乗しちゃう?
ソラさんに聞いてみよっかな。」

「迷惑じゃないか?」

「彼女が迷惑じゃなかったら
ジミンは一緒がいい?別がいい?」

「んーー。まぁどっちでも。イアンは?」

「一緒がいい。楽しかったから。」

「それに」と付け加えて

「迷惑だったら彼女はきちんと断るタイプ」
と言うのでイアンにまた彼女に
提案してもらうことにした。

イアンはすぐにソラさんに電話をした。

午前中にフリーダ・カーロ美術館に行ってきたらしい彼女は今タクシーの中で
一旦ホテルに戻るので昼食を摂るらしい。

「じゃあ12時にレストランで」と言ってイアンが電話を切り
「なんかドライバーの都合で予定変わったんだって」と言ってから
「ジミンはごはんいらないんだっけ?
僕だけ行ってこようか?」と言うので
「いや、一緒に行くよ」と言った。

「ソラさんに上手いこと提案してみるね」
とイアンが言うので

これは上手いこといかせる方のやつだな、
と思った。
イアンは交渉事もお上手な
自慢のマネージャーだ。

#BTSで妄想
#palabras

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