犬と煙草と時間の流れ
僕はタバコが苦手だ。法律上吸える年ではあるけれど、においだけでも咽せそうになってしまうから一度も吸ったことはないし、喫煙所の前は息を止めて早足で通り過ぎている。そんな調子だからタバコの銘柄なんかも全く詳しくないんだけど、一つだけ名前を知りたい銘柄がある。
それは、僕が小学生の頃、登校時に結構な確率ですれ違っていた白髪混じりの男性が吸っていたものだ。今どき珍しいパイプのタバコで、いつも狼みたいな大きいシベリアンハスキーを連れていたから、お散歩ついでに吸っていたのだと思う。うっすら甘い匂いの煙を吐いていて、そもそもあれは本当にタバコなのだろうか、というところから疑ってしまうほど、タバコらしくないにおいだった。咽せすらしなかったと思う。どんな味がするのか、昔から少しだけ興味がある。におい通り甘いのか、それに反して苦いのか。
その人とは軽い挨拶くらいしかしたことがなかったし、小学校を卒業してからは時間が合わなくなって、ほとんどお会いしなくなってしまったから、もう確かめようがないけれど。
…いや、小学校を卒業して5年以上経ってから一度だけ、その方をお見かけしたことがある。変わらずパイプをくわえていて、すれ違う瞬間にほのかに甘い匂いがしたが、狼ならぬシベリアンハスキーは連れていなかった。あれは、やはり、そういうことだったのだろうか。