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案内人-裏- #1
草木も眠る丑三つ刻、という言葉は極東のアヤカシが生を謳歌する時間を指すものだ。
だが瘴気に適応した木々が覆い繁り、ほとんどの生命の息吹が絶えたこの『ユヌギの深き森』では、吹き抜ける風が木々を揺らす音だけが木霊する、静寂に満ちた時間であった。
月は地平のわずか上で、紅くぼんやりと輝いている。この世界で陽光が登ることはない。月の位置だけが今の時間を知る唯一の手がかりだ。
凍てつく寒々しさを纏った風が森を貫く。紫に変色した葉は力を失い風に散り始める。
その中に、微かに異質な音が混ざった。鳥の羽ばたくような音と人のうめき声が森の奥から漏れ聞こえてくる。
「…!……!!」
口を手で抑え込まれ、もがく少女の腕がバサバサと音を立て、羽を散らす。有翼人種、ハーピーの種族だ。
服は乱暴に剥ぎ取られ、その白い素肌をさらけ出し、もはや秘所を隠す用途として用を為さない。
その瞳は極度の恐怖に染まり、自身の魂を汚さんとする腕と、その先にある巨大な獣を凝視していた。
体長は2メートルを超え、丸太ほどに太く強靭な腕には鈍い銀色の体毛。
唸り声を喉からこぼしながら、獲物を貪らんとする凶悪な狼の風貌。その特徴は獣人、ワーウルフと一致していた。
彼の成さんとすることは彼女のようにむき出しとなった下半身を見れば一目瞭然であった。煮えたぎるほどに勃起し、汁を垂らす巨大な逸物に、遠慮というものはなかった。
「……ーっ!!!!…っ!!!!」
幼い彼女にはあまりに過酷な鋼が挿入される。激感に貫かれた彼女は白目を剥き、激痛から逃げるように背中を反らす。
野獣は構わずに腰を振る。怒張の引き抜かれる秘所から血が溢れる。
野獣にとって、彼女は道具に過ぎなかった。自身の止め処無い性欲を叩きつけられるのであればそれで良かったのだ。
彼の空いた右手が、少女の細い首を締め付けた。
下腹部の締め付けがきつい。力を入れられないようにすれば使いやすくなるだろう。ただそれだけの理由で。
「…っ!!……っ………………」
少女の目が濁り、抵抗の翼は力なく地に落ちた。その命はあまりにあっけなく、野獣の手で摘み取られた。
そしてその中でも野獣の腰が止まることはない。むしろ使いやすくなった愉悦に笑いながら、彼は死体を犯し続けていた。
近頃、人妖の連続神隠し事件が世間を賑わせている。
しかしその事件は推測の域を出ない。ターゲットとなるのは周辺の村や集落でも一目置かれる見目麗しい少女であることは共通しているが、誘拐された少女や犯人の痕跡が一切見つからないからである。
事故とするには偶然が過ぎ、しかし事件とするには証拠がない。そのような場合、往々にして噂だけが先行して広まっていくものだ。
その噂の一つが曰く、「少女を嬲りものにするために攫った上、痕跡を消すために犯した者を食べてしまう」。
荒唐無稽な噂はしかし、目の前の光景を見事に表していた。
「食事」を終えた野獣は、一息満足そうな唸り声を上げた後、脱いでいた皮のズボンを履き直して立ち上がった。
「まぁ悪くなかった…。悪くなかったが…」
少し物足りない。その野獣、『ギン』はひとりごちた。
彼の止め処無い性欲に、両手指では数えられぬほどの少女が犠牲となった。その残虐さと同時に存在する冷酷な理性は、彼の犯罪の痕跡を見事に消してみせた。
だが、そろそろ限界か。あまり騒ぎを大きくし過ぎれば、そう遠く無い未来に足が着くだろう。
冷徹な理性による現状の把握を行う一方、下劣な獣欲は常に喚き続ける。
足りない。か弱い存在の絶望する顔を見て、死にゆく瞬間の体に自身の精液をぶつけたい。あの瞬間の愉悦、究極の征服感を、もっと。もっとだ!
理性と獣欲がせめぎ合う中で、彼はふと願った。
捜査の目をかいくぐり、その中で少女を犯すことを続けられれば。どこか捜査が及ばない新天地があれば。
まったく馬鹿馬鹿しい考えだ。ギンは自嘲しながら首を振った。
その鼻が、瘴気の森で嗅ぐことはありえない香りを感じ取った。
「これは……藤の花、か?」
ほんの一瞬掠めた香りだが、獣人の持つ極めて鋭敏な嗅覚にはそれで十分であった。
森の奥からほんの僅かに感じる花の香りに、彼は舌を舐めずった。ほんの数分前に満たしたはずの昏い欲望が首をもたげた。
木々と雑草をかき分け進んだ先で、ギンは突然開けた場所に出、目の前の人工物を見上げた。
古びてはいるが、威風堂々とした佇まいの石造りの洋館である。圧倒されるような存在感があるのに、なぜか目を逸らせば消え失せてしまいそうな、そんな実感のなさを不思議と感じた。
そして花の香りも、どうやらこの洋館の屋内から漏れてきたもののようだ。
ギンは舌打ちし、首を振った。
無理だ。これほどの巨大な屋敷で、女性が一人だけであるはずがない。あまりにリスクが高過ぎる。
高まっていた獣欲の不満を必死に押さえつけながら、彼は踵を返して歩き出した。
次の一歩で、彼は森ではない空間に自身が在ることを認識した。
驚愕して思わず辺りを見回す。
先の見通せぬほど高い天井と共に視界から暗く消えていく、高い本棚がそびえ立ち、囲んでいる。
その中に一分の隙もないほどに埋め尽くされた本、本、本。全ての書物がここに集ったかのような、圧倒的な知識の宝庫。
それはどこかで伝え聞いたトラルファナの書庫をギンに連想させた。
「あらー?久しぶりのお客様ですかー?」
やたらと間延びした、力の抜ける声がギンの背中にかかった。
ギンが振り向くと、そこにはランタンを持った一人の女が立っていた。
床まで付くほどの、見事な緑色をした長髪。頭の左右に団子のように結んだ髪に、藤の花の髪飾りが結わえつけられていた。目の覚めるような美しい水色の布に金色の刺繍が丁寧に施された異国の衣装。少し大きいのか、両手は袖の中に隠れている。
ギンの鼻腔を藤の花の香りがくすぐる。探し求めていたターゲットは間違いなく目の前の女だった。
その無垢で世の中の穢れを全く知らぬような柔和な顔を恐怖に染める。想像するだけで、野獣の欲望はいきり立った。
彼女の前に一冊の本が飛んでくる。ギンと彼女の間に割り込むように空中に止まると、紙面を彼女に向けてパラパラと見せ始めた。
穏やかだった彼女の顔がみるみる羞恥と、それ以上に嫌悪の表情に変わる。
「うげぇ〜……そういうことですかー!?久しぶりの客人なのに〜!」
ギンは足に力を溜める。一息であの女を組み敷き、犯すつもりであった。
「あー、その、客人?貴方の成したいことは残念ですが……」
聞くに及ばず、ギンはその女に飛びかかった。常人では決して追うことのできないほどの敏捷さで、彼女の首を捉えにかかる。
「私はその、おかずにはならないと思いますー……」
しかし首をつかんだ手応えは無く、女の体は溶け落ちたように崩れ、ギンの後ろに再び出現した。
「一応女性の形をしてますが、これでも無性生物ですので〜」
ギンが振り向くと、先ほどと同じ姿の女。いや、少し様子が違った。
髪は先端がつるんとした肉のような鞭となり、威嚇するように複数の肉の鞭がざわめいていた。
服の袖からも同様の物体が何本も漏れ出し、その異常な姿を喧伝している。
遭遇したことは無いが、その生物の知識はギンも持ち合わせていた。
「『触手』だと……?」
不定形であり、世の理から外れた埒外の魔物。蛸の足のような形を取ることが多いことから、慣例的に『触手』と呼ばれるようになった。正しい呼び名を発音できるものは、当の『触手』以外には存在しない。
ただでさえ触手は希少種であったが、このように高度な知性を持ち、人妖と会話できる者は更に稀であった。
「まあそういうことですー。女の子の姿が好きなのでこの形にしてますがー」
相変わらず力の抜ける間延びした声で会話する女……便宜的に女としておこう……にギンは毒気を抜かれた。野獣の彼だが、男色の気はない。ましてや無性生物と知って欲情するような性癖は持たなかった。
野獣の体から力が抜けたのを見て取り、女もその触手を収めた。
「さてー、正直ものっすごく嫌ですが一応仕事なのでー……貴方のお名前はー?」
女は侮蔑の色を隠すこともなく正直に言った。
無理もない。自身が本当の女であったなら犯されていたのだ。むしろそんな輩を前にして平然と立っている肝の太さを褒めるべきだろう。ギンは心中で苦笑を浮かべていた。
「はー……ではギンさん。貴方がここに来たということは、何か叶えたい願いがあったということですよね?」
「あぁ、その通りだ。もっとも当ては外れた。欲の絡まない殺しは好きではないが、あんたにはやはり消えてもらうしかないな」
気は進まなかったがこのまま逃せば足が着くのだ。体に再び力を込める。
女は慌てて袖を振った。
「いや、いやいや、それ以外に願ったんでしょう!?どっか別のところに行きたい〜とか!?」
「別のところ?」
「貴方、どうもこの裏で好き放題されてたみたいですから、逃げ果せる場所を探しているのではないですかー!?いい場所がありますから話を聞いてくださいなー!?」
女はあわあわと忙しく袖を振るが、声は相変わらず間延びして力が抜けてしまう。逃げ果たせる場所についても興味はあった。
構えを解くと、汗など出ないだろうに、女は大げさに汗を拭う真似をして見せた。
「ふぅ……。こほん。改めまして、私は案内人。この裏から表への案内を行っている者です」
「裏?表?何の話だ」
「細かい説明はめんどくさいですし省きます。表とはこちらで伝説となっている、陽光が天から降り注ぎ、人だけが住まう世界のことです」
おとぎ話として知らない者はいない。天からは常に陽の光が降り注ぎ、人だけが繁栄を極めるという異世界のお話。
「そんなおとぎ話を信じろと?」
「信じるか信じないかは自由ですがー、今回は信じてもらわないと私が危ないのでー、特別に扉の先も見せちゃいます」
案内人が袖を振ると、そこに深い青の扉が忽然と現れた。
扉はひとりでに開き、その一端を見せる。
扉の先には、目の前の女の衣装と同じ、いやそれ以上に美しい空の青と遠い緑の稜線があった。扉から流れてくる、感じたことのない暖かな空気が彼の鋭敏な鼻に働きかける。
しばらくの後、再び扉は閉じた。
「今のは表の世界のほんの一部です。信じていただけます?」
この世界では見ることのできない超自然の光景を、ギンは信じるしかなかった。
「だがその世界に逃げたとして、俺が向こうで生きることができるのか?」
「それは貴方自身の力量次第です、と言いたいところですが、命が惜しいのでもう少し具体的に。表は人しかいません。そしてアヤカシが世界を去り何百年も経ったことから、アヤカシを討滅する技術はもう絶えて久しいのです。」
そんなところに人外の力を持つ貴方が現れたとして、貴方をどうにかできるものはおりますでしょうか。貴方がワーウルフである限り、貴方の行いを止めるものはおりません、と。
ギンは考える。この女の発言を十全に信用するわけではない。アヤカシがいない、討滅する技術がない、というものもその場しのぎの嘘である可能性は十分にある。
だが、あの鮮やかな空が見える世界を確かにギンは知らなかった。流れ出る空気の温かさ、エネルギーも知らなかった。あれが異世界だというのは本当のように思えた。異世界に逃げれば追っ手を撒ける可能性は高い。
「ちなみに渡る前に私を殺しますと二度と世界を渡ることはできませんよー。あと、もし貴方の捜査の手がこちらに来たとしても、貴方の元にその人たちを案内する可能性は絶無です。そもそも貴方の出現先を、私が選ぶことはできませんからー」
こちらの思考を先回りするように女が話した。何とも情報が乏しいが、仕方がない。
彼は自身が逃げ果せ、さらに昏い欲望をも満たせる確率が最も高い選択肢を選んだ。
「いいだろう。その扉、くぐらせてもらう」
案内人はオーバーなリアクションで、心底安心したと言わんばかりのため息をついた。
「はー……では。先ほども言った通り、貴方が表の世界でどこに出るかはわかりません。また、扉をくぐったら表の案内人を見つけない限り二度とこちらには戻れません。いいですね?」
青の扉が再び開く。眩いばかりの白い光に包まれ、先は見通せない。
罪を咎めるもののいない見知らぬ土地で、如何様な女を犯し、手篭めにできるのか。
凶悪な笑顔を浮かべながら、彼は白い光の先へ足を踏み出した。
目を開くと、そこは木の板に囲まれた暗い空間だった。
何かの部屋のようだ。ギシギシと木の板が軋み、部屋全体が揺れている気がする。
一度、部屋が大きく揺れた。思わず近くの樽に寄りかかる。
その瞬間に映った自分の手に、ギンは目を見開いた。
それは人の顔よりも大きく、鈍色の体毛が輝く手ではなかった。
薄暗い部屋でもなおわかる、白く嫋やかな指先。女性のものだった。
自身の体を触る。
顔。突き出した狼の鼻ではない。ほっそりとした人間の骨格。
胸、腹、足。暖かな体毛はない。一切の纏うものもない、貧弱極まりない人間の素肌。
そして二本足の付け根には、自身の象徴が無かった。
つぷ、と思わず指が入り、刺激に体が跳ねる。
「な……なんだ!?何が起こった!?」
野太い声ではない、か細い女性の声が喉から響いた。
「なーるほどー……だから本は呼び寄せたのですねー……」
頭の中に響く、間延びした力の抜ける声。
「どういうことだ!?なんだこれは!?」
混乱する彼……ではなくなった。彼女の頭に、案内人の声が響く。
「どうやら貴女は表の世界では人の女性になったようですねー。これは私の勝手な推測ですが、裏と表は文字通りコインの裏表。その魂の本質を暴き出す…。残忍極まりない裏の本性がある一方で、貴女の表はか弱い女性であったということですねー」
言っていることの意味が全く理解できない。半ば狂乱して彼女は叫んだ。
「ふざけるなっ!元に戻せ!」
「先ほど申し上げたじゃないですかー。表の案内人を見つけない限り、こちらには戻れません。こちらに戻れば以前の貴方に戻れるでしょうから、頑張って探してくださいな」
もっとも、と案内人は付け加えた。暗い愉悦の混じった声で。
―その時間が貴女に与えられることはなさそうですが。
「なんか女の声がしたな?」
部屋の外からだみ声が聞こえてくる。ほどなくして、薄暗い部屋に男が二人入って来た。
「本当に女がいましたぜ兄貴!」
「おいそこの女!この『キャプテン・ガルドの海賊船』で何してやがる!!」
兄貴と呼ばれた筋骨隆々な男の巨大な手が、枯れ木のように細くなったギンの手首を締め上げる。
ギンの顔が苦痛に歪む。
「この…っ!!放せ…っ!!!」
「いてて!暴れるんじゃねぇ!!!」
頰を強く張られ、脳が揺れる。体に力が入らない。
小太りな男が松明に火を灯し、彼女の肢体を眺める。
「ひひっ、なかなか綺麗な体してますぜ」
「胸は貧相だが、まぁ悪かねえな。他の奴らも満足するだろうよ」
会話の内容がわからない。しかし胸の奥でどす黒い、本能的な恐怖が渦巻く。
「何を……話している……?」
「兄貴ー、我慢できねえよぉ俺!!」
小太りな男がベルトを外しながら、薄汚い涎を口から垂らす。
「馬鹿野郎!!まず船長に見せてからだ!サメの餌にしてやろうかこの野郎!!」
兄貴と呼ばれた男が小太りな男を殴りつける。
だが一連の動作で自分がどのような扱いを受けようとしているのか、否応なく理解してしまった。
揺れる視界の中、少しでも這って逃げようともがく。
全く無駄なあがきであると、わかっていても。
「さっさと縛り上げろ。最初は船長がヤるだろうが、その後は俺らにも分けてくれるだろう」
「へいっ!じゃぁ船長の後は見つけた俺がもらっていいっすよね!」
「馬鹿かお前は!兄貴分の俺が先に決まってんだろこのタコ!」
下衆な会話が遠く聞こえる。心が絶望で黒く塗り潰される。
「い……や……助け……」
「長い船旅じゃ女を抱くなんてことないからな!安心しろ、胸は貧相でも人気は出るだろうぜ」
「そう簡単に壊れんなよぉ?みんなデケェから頑張って受け入れな!」
意地の悪い笑い声が死刑宣告として彼女の心を抉り抜く。
弱々しく床板を掴んだ手は、男二人に体を担がれ、いとも容易く離れた。
か弱い女性の魂の絶叫は、しかし広大な海原を満たすにはあまりにも無力であった。