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プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#1 【波乱を呼ぶ来訪者】 2

「ぶはっ!」

 チャーミング・フィールドに飛び込んだイキシアは、波打つ水中からやっとの思いでその見目麗しい顔を上げた。その美しい茶髪の毛先から、大量の水敵が乱れ落ちる。

「うう……濡れ鼠ですわ」

「ハハハ、無様だな! イキシア・グリュックス!」

 その姿を、フィールド内の手近な岩場の上からルチルが嘲笑った。

「水底まで沈んでしまなかったところを見ると、相変わらず泳ぎは達者なようだが、そのザマでは太陽のプリンセスも形無しだな。それともなにかい? これがホントの日没ってやつか?」

「……うまくないですわよ」

 イキシアは吐き捨てるようにそう答えると、立ち泳ぎをしたまま聖剣を構え、波間の向こうに佇むルチルを突き刺すような視線で見据えた。

「……おいおい、そのまま私と闘う気か? 別に足場に乗るぐらいまでは待ってやるよ。ほら、さっさとしろ」

「……それはどうも」

 呆れたルチルに促されるまま、イキシアは一番近くの岩場まで泳いでいった。そしてその上に躍り上がると、改めてルチルを睨めつける。

「ルチル、しばらく会わないうちに随分と饒舌になりましたわね。そのようにお喋りばかりだなんて」

 剣を構えて臨戦態勢を取るイキシアが挑発すると、ルチルの頬が僅かに弛んだ。

「私は昔から変わらないさ。ただ、そうだな……今は気分が良い。お前、前にも言ってただろう。私は気分が良いと口数が増えるってな」

「気分が良い? まさか、もう勝った気でいますの?」

「まあ、端的に言うとそういうことかな。ほら、このフィールドも私のものだし」

 ルチルはそう言うと、大仰に両腕を広げてみせた。その瞬間、彼女の立つ岩場に波が打ち付け、水しぶきが上がる。このチャーミング・フィールドにはこのような岩場が所々に浮かんでいる以外は、大海原が辺り一面に広がるばかりだ。

「こういうの、あのお勉強好きのインカローズはなんて言ってたかなあ……そうそう、『地の利を得る』ってやつだ。実際――」

「はあーっ!」

 勿体つけた講釈をぶった斬るようにして、イキシアは鋭く剣を振った。刃の先から眩い斬撃波が飛び出し、ルチルを襲う。

「よっと……」

 ルチルは側宙で岩場から飛び離れ、この斬撃波をかわした。そしてそのままの勢いで水面に「着水」する。

「人の話はちゃんと最後まで聞けって、マクスヤーデンでは城の教育係に教わらないのか? まあ、私の場合はそもそもその話を聞かないんだが……」

「貴女……どうやって?」

「ん……? ああ、これか」

 訝るイキシアの視線を受け、ルチルは無駄話をやめた。そして自慢気に、自らの足元を聖剣で指してみせる。恐るべきことに彼女は、水面に足をつけて直立していた。

「どうだ? これがこの『水』のエレメントの聖剣の力だ」

 ルチルはそう言うと、見せびらかすように剣をイキシアへ向けて翳してみせた。

「もっとも私自身、このフィールドに来たときに初めて知ったんだがな。それも知ったというよりも、瞬間的に閃いたという感じだ。不思議な感覚だったぞ」

「ああ、そう……やはり皆そのような感覚なのですね。そこは分かってよかったですが……」

 イキシアは話を合わせながら、ルチルの漲るばかりの自信の理由を理解した。確かにこのような芸当ができるのであれば、この水だらけのフィールドにおいて、圧倒的に彼女に分がある。

(さて、どうしましょうか……)

 イキシアは対抗策を練るべく、頭の中でシミュレーションを開始した。彼女の聖剣は、彼女の得意とする武芸十八般に対応する様々な能力を持っている。その中で、この状況に適したものはあるだろうか。

「……話はこれくらいにして、そろそろ仕切り直しといこうか? お互いに不意打ちなしってことで」

 考えが纏まらないまま、ルチルが誘いをかけてきた。

「ええ、構いませんわ」

 イキシアは覚悟を決め、これを受けることにした。まだ完全な戦術は整っていないが、どのみち計算どおりに闘いが進むはずもない。とりあえず、最初の2、3手程が決まっていれば十分だ。

「では、まずは名乗りといこうか。我が名はルチル・ミラ・ゴールドシュタイン! イラフサン国王の長女!!」

 打ち寄せる波の音をかき消すような荒々しいルチルの声が、チャーミング・フィールド中に響き渡った。

「わたくしはイキシア・グリュックス。マクスヤーデン王国国王の長女にして、正当王位継承者。弟が1人いますわ」

 イキシアの澄み渡るような美しい声が、岩間を縫うようにしてチャーミング・フィールドに広がっていった。

「お前の弟、さっきいたよな。わざわざ応援に来てくれたのか?」

「そう……だと思いますが。あの子のすることは昔からよく分からないのですよ」

「なんだそれ。要領を得ないやつだな……まあ、そんなことはどうでもいい、こちらからいくぞ!」

 所帯じみた会話を強引に切り上げ、今度はルチルが斬撃波を放った。イキシアはこれを横に飛び退いて回避し、そのまま海原へと体を投げ出した。

「武芸十八般、馬術! シャイニングペガサス!」

 そして叫びとともに聖剣を打ち振るうと、刃の先から眩いばかりの光が飛び出し、ペガサスの形をとった。イキシアはそのペガサスの背に飛び乗ると、上空目指して勢いよく飛び上がった。

「ほう……なかなか面白い手を使うじゃないか」

「武芸十八般、弓術!」

 感心するルチル目掛け、イキシアは上昇する馬上から光の矢を5本放った。矢は一旦大きく散開すると、それぞれ別の方向から時間差でルチルに襲いかかっていく。

「ちっ、器用な奴め」

 ルチルは苛立たしげに舌打ちすると、聖剣で水面を強打した。すると、水面が高波のごとく大きく盛り上がり、そのまま5本の矢をことごとく呑み込んだ。波はさらに水位を高め、ペガサスに乗るイキシアのもとにまで達した。

「ほらほら、高みの見物とはいかないぞ!」

「ちっ……」

 接近するルチルに対し、イキシアは馬を制御しつつ、牽制の斬撃波を放った。

「甘いっ!」

 ルチルは波から飛び上がって斬撃波をかわすと、イキシアの頭上を取り、そのままの勢いで斬りかかった。

「さあ、覚悟しろ!」

「誰がっ!」

 イキシアがこれに応戦し、聖剣同士の刃がかち合った。だが両者ともに剣を折ることは叶わず、ルチルは反動でそのまま水面へと落下していき、イキシアはペガサスを操って波を間一髪のところで飛び越えたのち、手近な岩場に着地した。

「せっかく良い案が思いついたのに、残念だったなあ……」

 水面に「着水」したルチルがイキシアのほうに向き直り、剣を構えながら挑発した。

「なに、これは単なる様子見ですわ。本命はこれから。覚悟いたしなさい」

 同じく岩場の上で剣を構え直しつつ、イキシアも挑発を返した。頭の中で、今まさに「本命」の案をゼロからでっち上げようとしながら。

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