プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#3 【フローラ、華のように】 3
チャーミング・フィールドに降り立ったアンバーは、素早く周囲を見渡したのち、静かに息を吐いた。舞台のような岩場が所々に隆起するこの荒野は、彼女の勝手知ったるフィールドだ。まずは地の利を得たといったところか。近くの岩場の上を見ると、片膝を付くフローラの姿が見えた。用心深く辺りを伺う様子から、彼女がこのフィールドに慣れていないことが見てとれる。これ以上は望むべくもない優位な状況だ。
(とは言うものの……)
とは言うものの、こちらも相手の情報を持ってはいない。アンバーは注意深く歩を進め、フローラの元へと近づいた。フローラはこちらに気づいた素振りを見せたが、剣を収めてその場に立ち尽くした。こちらの到着を待つということか。
(……やってやろうじゃん)
アンバーはこの誘いに乗り、岩場に十分に近づくと、飛び上がってフローラの眼前に降り立った。
「この空間……非常に興味深いですね。何か名前でもあるのですか?」
着地を確認したのと同時に、フローラがアンバーに話しかけた。
「ここはチャーミング・フィールド。闘いの場です」
アンバーはフローラの目を見ながら、静かに答えた。
「成程。では、貴女の名前は?」
「アンバー。アンバー・スミス」
再び答えながら、アンバーは剣を構えた。これに呼応するように、フローラも静かに聖剣を抜き放った。一瞬間の沈黙の後、ふたりは同時に息を細く吐き、精神を統一した。
「……お先にどうぞ」
手招きするように剣を動かし、フローラがアンバーの攻撃を促した。
「……後悔しても知らないよ」
答えると同時に、アンバーは大きく踏み込み、横薙ぎの一撃を繰り出した。フローラは素早くこれに反応し、自らの剣で攻撃を弾いた。
「くっ……」
アンバーはわずかに顔をしかめつつも、即座にこの反動を利用し、体を横に回転させて反対側からフローラへと斬りかかった。
「フンッ!」
だがフローラは、この攻撃も軽々と弾いてみせた。そしてよろめくアンバー目掛け、すかさず反撃の一撃をーー繰り出しはしなかった。
「……なっ!?」
予想外の行動に戸惑いながらも、体勢を整える僅かな時間を得たアンバーは、バックステップで間合いを取った。フローラは剣を構え直したものの、やはり攻撃してくる気配はない。
(……馬鹿にしてるの? それとも、まだ何かを待ってる?)
こちらを見据えるフローラの目からは、何も読み取ることはできない。アンバーは聖剣を握る手に力を込めた。相手が何を考えているかはわからないが、闘いの主導権を握るにはこちらから打って出るしかない。聖剣の刃に光が宿る。
「ハイヤーッ!」
掛け声と共に踏み込み、アンバーは聖剣を斜めに振り下ろした。刃の先から斬撃波が放たれ、太く長い光の束が直線的に襲い掛かる。だが次の瞬間、フローラの目が大きく見開かれた。
「はあっ!」
フローラは気合いを入れるように叫ぶと、空高く飛び上がった。宙に舞う身体が斬撃波の遥か上を通りすぎていったが、アンバーもこれに驚くほどウブではない。
「ハイヤーッ!」
すかさず第二波を放ち、撃ち落としにかかる。どれほど高く飛ぼうとも、自由の利かない空中からでは、新たに攻撃をかわすことなどかなわないーーはずだった。
「はっ!」
だが次の瞬間、フローラの身体が水平方向へと弾けるように動いた。より正確に言えば、そちらに向かって激しく「落ちて」いった。斬撃波はまたも的を外れ、虚空へと消える。
「一体何が……?」
フローラの動きを目で追いつつ、アンバーは戸惑いともに呟いた。それに答えるように、フローラは空中で旋回すると、今度は緩やかな速度で下降しながらアンバーの眼前に着地した。
「これで見極めはつきました。貴女の実力、その程がね」
「……へえ、それはどうかな」
口で言うほど、アンバーの心に余裕はなかった。その証拠に、こちらをまっすぐと見据えてくるフローラの目を、アンバーは正面から捉えられずにいた。
4へ続く