プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#2 【叡智の姫君】 2
インカローズにとってウィガーリーの城の図書室といえば、ほとんど自分の別荘といっても差し支えなかった。収められている蔵書のラインナップに関しては、生半可な関係者よりも詳しい自信がある。あるいは城主のアキレア自身よりもーーそれは少し大袈裟か。
ともあれ、そのようなインカローズであったが、今回ばかりは読書が目的ではない。扉を開けて図書館へと入室した彼女は、まず静かに周囲を見渡し、目当てのものを探した。すると、円上に並べられた本棚の中心にある机を利用してで調べものをしている薄紫色の髪の女性が目に留まった。
(やはりいたわね……)
思わず高揚する気持ちを抑えつつ、インカローズは静かに机へと近づき、麗しいその女性に声をかけた。
「ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
女性は声をかけられても特に驚くような素振りを見せず、穏やかにインカローズの挨拶に答えた。扉を開けたときから、こちらの気配に気付いていたようだ。インカローズはそのまま会話を続けることにした。
「何か調べものですか?」
「ええ。この国の歴史のようなものを。ですが……なかなかうまくいかないみたいです」
「そうですか……」
他愛のない言葉を交わしつつ、インカローズは机の上に積み上げられた本の背表紙を走り読みした。女性の言うとおり、ウィガーリーの歴史についての本が並んでいる。タイトルから年代を推測してみると、現代から約300年前後のものがメインのようだ。
「もしかしたら……今とはまったく違う角度からのアプローチが必要かもしれませんね」
「違う角度……どういう意味ですか?」
「そうですね。教えて差し上げてもよいのですが、その前に……」
思惑どおりに女性が撒き餌に食いついてきたことを確認すると、インカローズは腰に差していた聖剣に手をかけた。
「……成程」
その様子を見た女性は、何かを察したように呟くと、腰かけていた椅子から勢いよく立ち上がると、両手を天にかざし、魔術の紋章を虚空に描いた。やがて紋章が輝くと、その中心から聖剣が現れた。そして女性がその鞘を掴み、剣を抜き放つのとほぼ同時に、インカローズも自らの聖剣を鞘走らせた。
「お初にお目にかかります。私の名前はインカローズ。西方の国、カナロピートの国王の娘です。本日は貴女に王子との婚姻を賭けたプリンセス・クルセイドを挑みに来ました」
「私の名前はタンザナ……名字は忘れたかどうかも覚えていません。生まれた国も思い当たりませんが、おそらくはカナロピートではないでしょう。いざ、尋常に勝負!」
両者は高らかに名乗りを上げると、互いに踏み込んで剣同士を切り結ばせた。刃と刃が交錯した部分から光が発され、2人をチャーミング・フィールドへと誘っていった。