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レコード棚を順番に聴いていく計画 Vol.93


[102枚目] ● ブラインド・ウィリー・ジョンソン 『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』<SME>(99)


※ 本文を書くに当たり、ジャス・オブレヒトさん(hutz fujibayashiさん訳)、永井ホトケ隆さんのライナーノーツを大いに参考にしています。


98年に米<コロムビア>の<レガシー>からリリースされたのは22曲入り(489892 2)。ローレンス・コーンが企画した<ソニー・ミュージック>の<モジョ・ワーキン : ブルース・フォー・ザ・ネクスト・ジェネレーション>シリーズの一枚。私が所有するのは16曲入りの日本盤だが<モジョ・ワーキン>シリーズの表示は入っている(SRCS 9460)。尚、順序は逆になるが<レガシー>から日本盤と同内容の16曲入りも出ている(CK 65516)こちらも98年。コンプリートと銘打った<コロムビア>の<ルーツン・ブルース>シリーズ(472190 2)と2枚に分けた<ドキュメント>盤(DOCD-5690と5691)には30曲収録されている。


ハードな演奏や歌声を聴かせるミュージシャン、シンガーは多々居るが、ブラインド・ウィリー・ジョンソンほど、心臓に直接食い込んでくるような強烈さを放つ人物はそうそう居ない。地球を代表する音楽のひとつに選ばれ、宇宙探査機に搭載されたのもむべなるかなと思う。おそらく、他の惑星に住む生命体にもその強烈さは伝わるのではないだろうか。


ブラインド・ウィリー・ジョンソンは、1902年頃に生まれ、テキサス州のマーリンという町で育った(ウィキペディアによれば、1897年テキサス州ペンドルトン生まれ)。ここではライナーの時間軸を採用。幼い頃から教会に通い、5歳で葉巻の箱を使ったギター(シガーボックス・ギター)を演奏し、説教師を目指していたという。母親が亡くなり後妻が迎えられたが、浮気者の女だった為父親に殴られてしまう。彼女はその腹いせに7歳のウィリーの顔に洗剤をかけ、失明させた。しかし、彼は前進する。ピアノとギターを独学で覚え、主に古い讃美歌をモチーフにして曲を作り、教会主催の演奏会で披露するようになった。当時から、ポケットナイフを使ってスライドを駆使し、独特のしゃがれ声を駆使し人々を魅了した。20代半ばにはテキサス州ハーンの街角で演奏した。26年頃にウィリー・B・ハリスと結婚し、本盤には彼女の歌声もフィーチャーされている。27年12月3日にゴスペル・エヴァンジェリストとしては初の録音を実施した。30年4月まで録音は続いた。その後の人生についてはまた後ほど。


録音年月日、発表年、録音地の情報を先にまとめて記載しておく。1.2.5.9.13.14.は27年12月3日録音、28年発表、ダラス。3.16.が28年12月5日、29年発表、ダラス。6.7.が29年12月10日録音、30年発表、ニューオーリンズ。10.12.が29年12月11日録音、30年発表、ニューオーリンズ。4.8.11.が30年4月20日録音、同年発表、アトランタ。15.が30年4月20日録音、31年発表、アトランタ。


1. If I Had My Way I'd Tear The Building Down


旧約聖書のサムソンとデリラ(デライア)の物語を題材としたウィリーのオリジナル。物語のクライマックスで、敵対する民族の神殿をサムソンが破壊するが、その部分を膨らませた歌詞のようだ。ウィリーの強烈なダミ声は、まさに神殿を崩壊させるような迫力でせまってくる。一方、一定のパターンを持つギターリフは、歌う内容が伝わりやすいようなリズミカルさを感じる。サビの部分の歌詞が「もし、神様も手を貸してくれれば この建物を崩してやるのに」の繰り返しなのだが、最後だけ「もし、神様も手を貸してくれれば この世界を崩してやるのに」と変えているのが意味深である。「Mother's Children Have A Hard Time」と合わせて発表。


2. Dark Was The Night


独特のスライドは、どこまでも深い闇を感じる。さらに、言葉にならない呻きやため息が、怨念がこもったようなスライドに合わせて歌われる。黒々とした夜のとばりや冷え切った地面が目に見えてくる。そしてそれは、苦難に喘ぐ同胞たちをシンボライズしたものに思える。「It's Nobody's Fault But Mine」が裏面。


3. Lord I Just Can't Keep From Crying


吐き出すような歌い出しを妻ウィリーがフォローし、力強いスライドでさらにカバーする。66年には、アル・クーパーのザ・ブルース・プロジェクトがアルバム『Projections』の1曲目に「I Can't Keep From Crying」として取り上げている。他にも、ブラザー・ジョー・メイ、ゴールデン・ゲイト・カルテット、あるいはフィービ・スノウもカバーしている。


4. Church, I'm Fully Saved Today


「The Soul Of A Man」の裏面として発表されている。1911年に作られた、ウィリアム・J・ヘンリー作詞、クラレンス・E・ハンター作曲の「Fully Saved Today」が元になっている。妻ウィリーの合いの手のヴォーカルが、サラッとはしているが、ギターのスライド音のように良い味付けとなっている。「教会で救われた。これからも狭き道を歩み続ける」という偉大な神への信頼と感謝、そして困難に立ち向かう強力な意志を表明している。


5. Jesus Make Up My Dying Bed


「I Know His Blood Can Make Me Whole」とカップリング。語るようなスライドギターが特に素晴らしい。


6. Bye And Bye I'm Goin' To See The King


優しげな歌声に気分が落ち着いていく。本盤には収録されていないが「You'll Need Somebody On Your Bond」と共にディスク化されている。


7. Let Your Light Shine On Me


この曲もあまりハードに歌わず、カントリーソングに近い感覚で歌われる。ギターの爪弾きも軽快なフィーリングさえ感じる。たしかに28年にはケンタッキー州でカントリーソングとゴスペルソング(ブラインド・ウィリーのようなエヴァンジェリスト)を歌っていたアーネスト・フィップスが録音している。アーネストはストリング・バンドも率い手広く活動していたようだ。さらに、23年にはワイズマン・カルテットの録音がある。また、レッド・ベリーも「Let It Shine On Me」として取り上げている。本盤未収録だが「God Don't Never Change」とカップリング。


8. John The Revelator


新約聖書のヨハネの黙示録の著者について歌われた曲。ブラインド・ウィリー・ジョンソン以降にも、サン・ハウス、ゴールデン・ゲイト・カルテット、デペッシュ・モード、ジェリー・ガルシア・バンドなど多数のミュージシャンに取り上げられている。ウィリーと妻ウィリーのやり取りを中心に展開する。迫力あるダミ声が響き渡る。本盤未収録の「You're Gonna Need Somebody On Your Bond」とカップリング。


9. I Know His Blood Can Make Me Whole


過不足ないスライドギターが渾身の歌唱を引き立てる。


10. God Moves On The Water


タイタニック号の悲劇が歌い込まれている。65年にはマンス・リプスカムも歌っており、両名ともテキサス州出身のため、テキサス州で歌い継がれたのが元かとWikipediaには書いてあった。また、創世記の1章2節「そして神の霊が水面に動いた」という文言がタイトルに関連するのでは、とも紹介してあった。前の曲ではギタープレイが主体に近かったが、この曲では伴奏としてのギターの味わいが感じられる。本盤には入っていない「Take Your Burden To The Lord And Leave It There 」とカップリング。


11. Trouble Will Soon Be Over


ドロシー・ラブ・コーツ、ジェフ・マルダー、クリス・トーマス・キング、シネイド・オコナーのヴァージョンもある。「もうすぐ問題は解決する 悩みも薄れてゆく 神様がやすらぎを与えてくれる」と優しく歌っている。本アルバムには収録されていない「The Rain Don't Fall On Me 」とカップリング。


12. Praise God I'm Satisfied


本盤未収録の「When The War Was On」とカップリング。「神に感謝を 心から満たされた」と、心穏やかに神への感謝を歌い上げている。演奏、歌とも快活な空気に満ちている。


13. Mother's Children Have A Hard Time


怒りをぶつけるような歌い出しがいちだんと凄まじい。母親をなくした子供のつらい境遇を訴えるテーマにふさわしい。先に書いたウィリーの人生を考えても、母親を亡くし、しかも継母の行為で盲目にされている事実が訴求力を増している。ブルース研究家のサミュエル・チャーターズによれば、本来なら「Motherless Children」となるべきところ、ウィリー・ジョンソンの勘違いではないかと述べられている。


14. It's Nobody's Fault But Mine


迫力ある歌声に絡む、意思を持つかのごときスライドギターがここでも素晴らしい成果を上げている。レッド・ツェッペリンが76年のアルバム『プレゼンス』で取り上げた他、ニーナ・シモン、ライ・クーダー、グレイトフル・デッド、エリック・ビブ、ビル・フリーゼル、ルシンダ・ウィリアムスのヴァージョンもある。エリック・クラプトンも素晴らしいギター・テクニックと絶賛している。


15. The Soul Of A Man


マーティン・スコセッシが総指揮を執ったブルース生誕100周年を記念して作られたドキュメンタリー映画集『ザ・ブルース』(03)の内のひとつが『ザ・ソウル・オブ・ア・マン』だった(ヴィム・ヴェンダース監督)。ブラインド・ウィリー・ジョンソンがキーパーソンのひとりとして取り上げられて、本曲がタイトルとなっている。妻ウィリーと声を合わせ、彼にしては比較的淡々と歌われている。



16. Keep Your Lamp Trimmed And Burning


スライド・プレイを含め、ギターが生きているかのごとく、縦横無尽に走ったり跳ねたりしている印象だ。後には、ブラインド・ゲイリー・デイヴィス、ミシシッピ・フレッド・マクダウェル、スキップ・ジェームス、ホット・ツナ、テデスキ・トラックス・バンドなどがカバーしている。


1930年に録音活動を終えた後、アンジェリーヌという女性と再婚して、テキサス州ボーモントで暮らしていた。同地のフォーサイス通りで歌い続けていたらしい。だが、残念な事に悲劇的な死を遂げる。家が火災になり、その後湿って黒焦げになった新聞紙を重ねて寝ていたとの事。数日後に肺炎になったが、アンジェリーヌの言によれば盲目を理由に病院側から拒否されて落命したという。享年48歳。


敬虔な宗教家、伝道者であるブラインド・ウィリー・ジョンソンであれば、自分の身に降りかかった悲劇も運命として受け止めていたかも知れない。今は彼の素晴らしい遺産を聴き続けるしかない。

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