フラミンゴの事情。
ウユニ塩湖から、またこの小さな町へ戻ってきた。乱雑な思い出を消化すべくウユニの町に数泊するつもりでいたが、電波から遠く離れた4日間のあとのウユニは強烈で、そのままガイドについて夕方にはトゥピサの赤い山を見た。トゥピサの町へ到着したときには誰とも話したくなくて、生存報告のメッセージだけを何人かに送ったあとは独り言も出てこない。夕食は近くで野菜のスープを頼んで、赤ワインとバナナチップスを買ってホテルの部屋に戻る。パソコンを開くが映画が選べずにまったく気分でない"The Big Short"をもう一度見始めた。案の定さらに混乱して宿主に開けてもらったワインをグラスに注ぐ。
この4日間に出会ったものを思い出している。古代の宮殿のような岩やこの国の織物をまとったようなに滑らかで色彩豊かな山々、その上を行く軽い綿雲に、巨大なアスパラガスみたいなサボテンたち。孤高のビクーニャに、絶対に見た腹の黄色い大きなリス、湖の色とそれに応えるフラミンゴの桃色。息を吹き返した小さな町とそこにある新しい暮らし、人々の事情と複雑な政治。打ち解けるとしつこい子供たちと、それを百万枚くらい撮る節操のないツアー客。荒野の真ん中のなんだか楽し気なお墓。日焼けした肩も背もまだ熱を持ってヒリヒリとしているけれど、膝の傷はもうきれいに塞がった。温泉で派手に転んだのもほんの数日前のこと。
遅くまで廃人のように映画を観ていたけれど翌朝は意外にすっきりと目が覚めて、宿の人が作ってくれるおいしい朝食をいただいた。砂と塩にまみれたリュックもアルパカのセーターも、ついでにパソコンケースまでこの機会に全部洗って窓の外に出す。気のいい宿主が格安で引き受けてくれた袋いっぱいの衣類も昼には戻ってきたので、でたらめな服を着替えてコーヒーを飲みに出かける。木の茂るこの街の広場もごはんのおいしい小さなマーケットもとても好きだ。こんな風にからりと晴れたかと思うと突然落雷が鳴り響く、少々気難しいところもあるトゥピサの町。
膝の傷も塞がり荷物の整理はできたけれど、この数日の記憶はまだ腹の中で消化されず居座っている。日に焼かれた下唇だけが同じ時間軸にいるようで、すっかり干からびた皮は離れる様子がない。
あちこちで見かけるシャーベットみたいなアイスクリームが好きで、ボリビアに来てからよく食べている。発泡スチロールの冷凍庫からなるべく白と茶だけをすくってもらって広場のベンチに腰掛けて食べた。ところどころ混ざっているオレンジとピンク。こうゆう色の持つ味って全部いっしょで、なんだか懐かしい。フラミンゴの羽根を染めるのは藻類やプランクトンに含まれるカンタキサンチンという物質で、動物園のフラミンゴはこの合成物を与えられるらしい。遠い異国の動物園で食紅をとって暮らすフラミンゴなんて、レッドブルが手放せない働きすぎのサラリーマンみたいでちょっと悲しい。
ピンクのアイスクリームか夕焼けか私の髪もうっすらピンクに染まって、とぼとぼと帰路に着いた。