この期に及んで、夢の話を
これはもう1ヶ月も前の話になるのだが、ポルトガル人の友達の一人が日本へと旅立った。彼はある武術に長けていて、国内チャンピオンにもなったことがあるぐらいの腕前の持ち主。日本語をとてもよく理解し、現地の学生がよく行くような飲み屋に連れて行ってくれたりもした。そんな彼の送別会に呼ばれて、レストランでたらふくご飯を食べ、ビールをほどほどに飲み、日本の文化や言葉について不真面目な話をひとしきりし終えた頃、会の主役である彼が集まった友人たちへスピーチをする流れになった。
最初はポルトガル語で、そしてその後には日本語で話をしてくれたのだが、その中でとても印象的なことを言っていた。
自分には夢が3つあって、そのうちの2つはもう達成した。そして最後の夢が日本で暮らすことだ、と言うのだ。
その言葉を聞いて僕は彼のそれまでの努力に心から尊敬の気持ちを抱くと同時に、自分を振り返って「夢を持っていたことなんてあったっけ?」という疑問が生まれてきた。
小学生、サッカークラブに入って練習に励んでいた頃、テレビで観る香川真司や本田圭佑といったスターたちに憧れを持っていた。ただ特段努力をするわけでもなく、チームの中でもあまり目立たない選手だったと思う。いつの間にか現実を知り、その憧れは到底叶うようなものではないということを悟った。
卒業文集には推理小説家になりたいと書いた。当時はそうした類の小説を読むのが好きで、子供向けのものから、難しいものだとシャーロック・ホームズなんかを分からないなりに頑張って読んでいた。ただ、本当に推理小説家になりたかったのかと聞かれると怪しいところだ。文集を書かなければいけなかったから書いたに過ぎないというのが正しいだろう。こんな仮初の夢は中学校で何ヶ月か過ごすうちにすぐに忘れてしまった。
中学生、正直言ってあまりよく覚えていない。地元の公立中学だったので半分は小学校から同じメンバーで変わり映えがしなかったのだろう。それなりに楽しい日々だったが、思春期特有の悩みと戦っていた記憶の方が色濃い。そんな中で夢なんてあったかと言われれば、毎日をこなすのに必死でそんな余裕などなかっただろう。
高校生、今までを振り返ってみても一番楽しい時期だった。写真を見返してみると、部活やクラスの友達と馬鹿をやっている様子ばかりが残っている。それなりに悩みもあっただろうが、それよりも毎日笑ってばかりだった記憶がある。そして同時にとても忙しい日々だった。毎日朝早くから学校に通い、夕方まで部活をして、夜は帰って課題をこなす。今やってみろと言われても無理だと即答できるほど目まぐるしい毎日だった。そんな中、夢などあっただろうか?中学の頃とは違う意味で余裕がない日々だった。
そして今大学生。いつの間にか夢なんて言葉を口に出すには不相応な年齢になってしまった。夢を見るよりも、目の前に迫っている就職活動の事が頭をよぎる。中には就活で夢を追える人も居ることだろう。あの頃憧れたあの職業になりたい、そんな感情をなぞりながら現実のものにしようとしている人を僕は心から羨ましい、尊敬したいと思う。ただ僕の場合は、どうだろう。その時期が迫っていることを理由にわざわざ「目標」を見つけにかかろうとしている。なんと滑稽なことなんだろう。
世間から見れば21歳はまだまだ若い、可能性は無限大なんてことをたまに耳にするが、僕はそれを現実的なものとして受け入れようと思った事がないし、受け入れられているのもあまり見た事がない。現に僕がこれを知り合いの誰にも見せずに公開しているのがその答えだろう。世間的には夢を語るにはもう遅いのが21歳という年齢なのだ。
さあここであえて夢を語ろう。この話を書いているうちに、自分の夢を思い出した。その始まりは小学生か中学生の頃だった。なんの脈絡かは分からないが、ドイツ語のテキストを図書館で借りてきて、手始めに自分の誕生日をドイツ語で覚えようとしていた記憶がある。
その頃からだろう、英語+何か他の言語を身につけたいと思うようになったのは。僕が今の大学に入ろうと思ったのは、そんな思いからだったはずだ。成人式で受け取った、15歳の自分から20歳の自分への手紙には、僕が今通う大学に行きたいと考えているというなことが書かれていた。そこまで心の中で場所を占めていたはずの、人生の中で唯一夢と言えるようなものをなぜ忘れていたのだろう、いやなぜ忘れたふりをしていたのだろう。
言語という大きな壁に立ち向かう努力の質量の大きさに、目を背けていたからだ。
では今一度立ち返って考えてみよう。自分が今やるべきことは何だろうかと。
思うに、夢というのは叶えたい目標があるのはもちろんのこと、それに向かう努力が成されている時に初めて夢と言えるものだ。叶えたい目標がただそこにあるだけならば、それは夢ではなくただの空想だ。僕が今までしていたのはきっと空想だったのだろう。
ここからポルトガルに居られる期間はとても短い。その中で、夢に向かう努力ができるかどうか。今後の人生の分岐点になりうるような110日が始まろうとしている。視界は未だ暗い。手探りだが、この先に見えるものが少しでも明るいことを願いたい。
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