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天 の 金 属

 古代中東では地表に住む人間よりは獣に似た存在としてジン、ジンニーヤと呼ばれる精霊を認めていた。『旧約』イザヤ書にも動物と交わる毛深きものとして記されている。それらの存在は神出鬼没で姿を変え人間に化けることもでき、人間と同じ場所に住みうっかりジンを怒らせると、彼らの呪いを受けることになってしまう。それを避けるための呪文や呪物が多く残されている。それらのジンたちは広くアラビア半島全域に拡がっていて、回教時代にも生き残り、古典『アラビアンナイト』にも登場してくる。彼らの嫌うものは光るもの、金、銀、宝石でそれらを身体の重要な箇所に帯びることによって、霊的な防御の徴としたもので、装身具は単なる飾りものではなく必要に応じて工夫された古代人の知恵の産物であったのである。なかでも「天からの鉄」は最も効果的なもののひとつであった。

 シナイ半島のベドゥイン人は、隕石の鉄から剣を作るのに成功したものは戦闘において不死身になってすべての敵を圧倒することを保証されるのだと確信している。天上的な金属は大地にとってよそものであるゆえに、それは「超越的」であり、それは「上から」来るのである。これが今日のアラブ人にとって鉄が驚異的な性質を有している理由であって鉄は奇跡を起こし得るのである。これはまさに神話を重く担わされた、そして人類が隕石の鉄のみを使っていた時代に由来する記憶の結果であるかもしれないとエリアーデは記している。

 そうした風習は中央アジアにも残存し、チベットでは天から落下した金属を加工して作られた装身具を「トクチャ」と呼び、幸運をもたらすもの、悪霊をはらうものとして特別視している。ラマ教では悪魔払いの特別な役目を持った法具(ドルジェ・金剛杵)の中には隕鉄が鋳込まれていた。扉の上部に鉄の釘を打ち込み、悪魔を払うことはアーリア人以前の非常に古い風習で、先住民族ドラヴィダ人の移動とともに南インドにまで及んでいる。
 アーリア人自身もインド・ゲルマン族が東と西に分離する以前から鉄を知っていた。このことは言語からも明らかで、サンスクリットのアヤス(AYAS)が鉄を意味するが、その語根ヴァスと関係があり、明るいもの、光るもの、輝くものを意味し、金属のための集合名詞であろうと考えられている。アヤスという語は、ほとんどのインドゲルマン族の語で、鉄の呼び名として見出されるのである。『リグ・ヴェーダ』に天の芸術家のトワシュタルがインドラのために製作、鍛造した極めて精巧な、黄金の、刃の多い電光は鉄でできており、それはゼウスがテューポーンと戦ったときの武器と同じ物である。
 また自殺者が生き返ることのないように、鉄の杭がその身体に打ち込まれた。おなじことが吸血鬼や魔女に対してもおこなわれ、悪霊よけには墓標から取った釘を扉の敷居に打ちつけたりする。ことに磁鉄は天の神々を表し、暗黒の神々を追い払ってくれると信じられ、ゆりかごの中や、産褥の床の中に置かれたのである。鋏や刃物を置く事の起源はやはり隕石と繋がるものであった。

 天からの鉄について、出口王仁三郎は『水鏡』に、「この玉は神代の昔、言依別命が高熊山に蔵し埋められたる黄金の玉である。この玉は月界より下って来たものであって、その初め南桑の原野くらいの大きさがあったのであるが、大地に達するまでに焼き尽くして小さくなり、その核心にあたるのがこの玉である。天降鉄であるがゆえに普通の石に比してこの通り重い、ソレ、月の形も現れてをるであらう。貴重なる宝玉である。この玉が私の手に入るといふことは、重大なる意味があるのであって、この玉が無かったために、も一つ仕事が思ふやうにゆかなかった。もう大丈夫である。大正12年以来心ひそかに思ひ立っていて、どうしても成就せなかったことも、この玉がなかったためである。これで成就すると思ふ。与四郎さん(穴太村、斉藤氏)が高熊山の岩窟で見出し、お蘭さん(与四郎夫人)に渡し、それを又婆さん(御生母)が私の手に渡したであらう、霊界物語にある通りの順序を経ているのも面白い。与四郎さんがお蘭さんに手渡しする時、『サアお握りをやろう、いつまでたっても無くならないお握りをやろう、腹が減らないやうにね』と冗談を言ひながら手渡してたといふではないか、その言葉も神様からの謎である。とにかく私はこの玉を得て喜悦に満ちている。総ての事が思ふままになる如意宝珠の玉である。この間の亀石は海から上がったものだ。これは月から下ったものだ。時期だな、次第に宝が集まってくる。」といつまでたっても無くならない特別な力を記している。

 各地の避邪の風習を追い求めてゆくと、その根源にはメソポタミアの「天の金属」に辿り着くことになる。隕石は天上の聖性を充填されて地上に落ちる。それは天空を表現しているのである。古代人は隕石のうちに「原型」、神の直接的な発現を見たのである。

 有史以前から、はるか地球誕生期以来、隕石はこの惑星とそこに発生した生命体に決定的な影響を与え続けてきたのである。あたかもそれが惑星の生成と、生命の進化を決める天意を封印したカプセルでもあるかのように。人類が初めて手にした金属は、天から飛来してきた鉄隕石であった。まるでそれは無力な古代人に対する天界からの護符であるかのように、敏感な感覚を持った古代人はその「天の金属」から発せられる、この世にない力、太陽系創世時の残留磁気を認め、慎重にそれを利用し、身辺に徘徊する狂暴なもののけから身を護る「呪物」としたのである。

 天界より飛来する鉄、それは、人間世界に厳然として存在する異世界の物質であり、天界からの神気の通うトランジスターなのである。敏感な者はこれを手に取るだけで「隕石は46億年前の太陽系創世時の残留磁気を帯びる。」と言われているが、そのことの真意を自己の肉体で感受することが出来るであろう。山野で初めて隕石を手にした古代人の如くに。

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