短編小説 『真夜中のオムライス』
(2946文字)
……なんでこうなったんだ。
俺はアルコールの匂いが混じった溜め息を吐くと、アパートの部屋の扉を閉めた。
靴を脱いで部屋の鍵をテーブルの上に置くと、目の前でキョロキョロと俺の部屋を見回しているヤツを見て再び溜め息を吐く。
「いやーワリィな、助かったぜ望月!」
金髪に染められた頭を掻きながら、あまり悪びれる様子もなく、染谷は俺にニカッと笑みを向けて両手を目の前で合わせた。
「……別に」
今日は大学の近くの居酒屋で、サークルの飲み会があった。
飲み会は盛りに盛り上がり、お開きとなったのは日付が変わろうかという頃だ。
程よく酔いが回っていた俺も腰を上げ、店を出ようとしたとき、突如染谷が「部屋の鍵がない!」と騒ぎ出したのだ。
まだ店に残っていた俺を含めた数人で店内を探したが見つからず、染谷はサークルのメンバーの誰かの家に今夜ひと晩泊めてくれないかと頼んできた。
しかし、その場にいた俺以外のメンバーは全員実家住まいで、アパートに一人暮らしをしているのは俺ただ一人だった。
その場にいた全員の視線が俺に集まる。
俺に拒否権が与えられなかったのは言うまでもない。
そんなこんなで今に至る。
「言っとくけど、布団は一人分しかないぞ。」「あ、へーき!冬でもないし、その辺でテキトーに寝るから!」
「はあ……」
染谷はあっけらかんと言うと、傍にあったクッションを引き寄せた。
枕にするつもりか。
正直、俺は染谷が苦手だ。
同じサークルではあるが、まともに会話したことがない。
いつも派手な格好でチャラチャラしてるし、お調子者。
聞いたところによるとかなり遊んでいるらしいし、何もかもテキトーにこなして生きてるようにしか思えない、いい加減なヤツだ。
そんなヤツが同じ空間に、俺の部屋にいるなんて……。
「はあ……」
染谷に気づかれないよう溜め息を吐く。
とにかく朝までの我慢だ。
耐えろ自分。
「なあ」
突如、染谷が声をかけてきた。
俺はとっさに身構える。
「腹減らね?」
「は?」
さっき飲んできたばかりだと言うのに何を言い出すのか。
「小腹が空いちまってさー。なんかない?」
遠慮ってものがないのかコイツは。
やっぱり苦手だ。
すると、染谷はおもむろに立ち上がると、狭いキッチンをガサゴソ探り始めた。
「ちょっ、勝手に何やってんだよ!?」
俺は慌てて染谷を制止しようと駆け寄る。
「お、いいもんみっけ!」
「おい!」
染谷が手にしたのは実家から送られてきた玉ねぎだった。
そのまま食べるつもりなのか?
すると、続けて染谷の口から発せられたのは思いもよらない言葉だった。
「オムライス作ってやるよ」
「は?」
オムライス?
何を言っているんだ、こんな時間に。
そもそもこんなヤツに料理なんかできるのか?
「よし!」
染谷はいつの間に探し出したのか、買い置きのパックご飯と、冷蔵庫にあった朝ごはん用のウインナーと卵を手に、勝手に調理し始めた。
「……」
俺は呆気に取られて何も言えない。
ただ染谷の行動を見守るだけだ。
染谷は玉ねぎの皮を剥くと包丁で半分に切り、半月型にスライスしていく。
続いてウインナーを輪切りにし、切った玉ねぎと合わせてフライパンで炒め始めた。
ジュウジュウと炒める音が室内に響き渡る。
そして、そこへパックご飯を投入すると手際よく具材と絡めて、これもまた冷蔵庫に常備されていたケチャップをドバっと回しかけた。
またたく間にケチャップライスのいい香りが、俺の鼻腔を駆け抜ける。
俺は染谷がテキパキと調理をこなしていくことに驚きを隠せなかった。
見た目はチャラいのに、こんな特技があったなんて……。
――人は見た目によらない……
ケチャップライスを二枚の皿に盛り付けると、今度は卵をマグカップの中に割り入れ、箸でリズミカルに混ぜ始めた。
熱したフライパンに注ぎ入れるとジュワッと卵が音を立て、あっという間に焼き上がっていく。
染谷は焼き上がった卵をケチャップライスの上にヒラリと乗せて、見事な薄焼き卵のオムライスを完成させた。
「はいよ、お待ちぃ!」
「あ、お、おう……」
受け取ったオムライスに視線を落とすと、ケチャップでなぜかハートマークが描かれていた。
せっかく染谷のことを見直しかけたのに、これは減点だ。
小さなテーブルにオムライスがのった皿を二人分置くと、俺と染谷は床の上にあぐらをかいて、それぞれスプーンを手に取った。
いつの間にか、お腹が空腹を訴えている。
「「いただきます」」
オムライスにスプーンを入れると、モワッと湯気が舞い上がった。
薄焼き卵の黄色にケチャップライスのオレンジのコントラストがとても鮮やかだ。
「!」
口に頬張った瞬間、ケチャップの酸味に玉ねぎの甘みとウインナーのジューシーな風味が、舌の上でとろけるようなハーモニーを奏でた。
店で出るような、とろとろの卵に覆われたデミグラスソースのかかったオムライスももちろん美味いが、染谷が作った家庭的なこのオムライスはまた格別だ。
なんだか懐かしい気分に包まれて、心が暖まる。
俺は目の前でオムライスを頬張っている染谷の顔をチラリと見た。
――気に食わないやつだとばかり思ってたのに……。
食事を終え、後片付けを済ませると、時間はすでに深夜の二時を回っていた。
染谷は床に寝転がって、ウトウトし始めている。
「……」
俺はベッドからおもむろに掛け布団を剥ぎ取ると、染谷に投げ渡した。
頭に布団を引っ掛けた染谷は、俺を見て少しビックリしたような表情を顔に浮かべる。
「あれれ?いいの?使っちゃって」
「風邪でも引かれたら気分が悪いからな。それと」「それと?」
「……飯のお礼」
「!」
染谷の目が大きく見開かれる。
「……俺、お前のことチャラチャラしたふざけたヤツってずっと思ってたけど……今日お前の作ったオムライス食って、それは間違いだったってわかったっていうか、なんというかその……」
もごもごと口ごもりながら伝える。
その間、染谷はジッと聞いてくれていた。
「……ごめん」
俺はずっと染谷のことを勘違いしていた。
何もかもテキトーにこなして生きている、いい加減なヤツだなんて……それは俺の方だ。
染谷のことをちゃんと知りもしないで、こうだと決めつけていた自分の方がいい加減な人間だ。
俺は視線を床に落とす。
すると、それまで俺の話をジッと聞いていた染谷が突然、よつん這いで歩きながら俺のすぐ傍までやってきた。
顔をズイッと近づけてくる。
俺は思わず仰け反った。
「美味かったか?」
「え?」
「美味かったか?俺のオムライス」
俺の目をのぞき込むようにして染谷は聞いてくる。俺は思ったことをそのまま正直に伝えた。
「美味かった……」
染谷の顔に、パッと大輪の笑顔が広がった。
笑った口元から八重歯がのぞく。
「そっか!」
照れくさそうに笑う染谷に、俺も自然と笑顔があふれていた。
それから俺と染谷は、サークル以外でもよくつるむようになった。
俺たちの変化に周りもビックリしていた。
後からわかったことだが染谷の家は食堂で、将来は跡を継ぎたいと考えているらしい。
その為に今は料理の修行をしているのだそうだ。
見た目はチャラくても、中身は芯のあるしっかりしたヤツである。
「なぁ望月、腹減らね?なんか食いに行こーぜ!」「ああ」
「何食いたい?」
「んー、オムライス……」
そういうと染谷はうれしそうに満面の笑みを顔に浮かべるのであった。
おわり