短編にも満たない物語
16歳の少女は湿地にいた。
ただひたすらに歩き続けている、服は汚れ足は硬くなり、髪の毛はたわしのようになっていた
何もかもがなめらかだったあの頃の記憶を
湿地の泥は汚していった
幾日も幾日も少女は歩き続けた
日が上がらぬ湿地で少女は命を産み落としていく
湿地の泥濘は命の産声をゆっくりと沈めた
それでも少女は産み続けなければならなかった
少女の白かったはずのワンピースは血と泥に濡れ、黒みを帯びていた
産み続けなければならない哀しみと、
ただ裸足で湿地を歩き続ける孤独が
砂利のように入り混じり少女の表皮をなすった
けれども、少女は痛みなど感じなかった
生が泥濘に沈む哀しみに勝るものではないからだ
少女は時折、無数の哀しみに襲われた
そのうち、少女は何も産まなくなった
そしてこの湿地の泥濘に
ゆっくりと沈んでいった
とても冷たく、とてもゆっくりと
腐った命の匂いがする
それは、とても穏やかで青々とした匂いだった
少女は、心地よいとさえ思っていた
あと少しで泥濘に身体が沈む
目を瞑り、大地に身を委ねる
ゆっくりと少女の耳の中へ泥は入っていった
やわらかく穏やかに泥は少女から音を消した
無音の中で少女は触れた
小川から流れる水の甘い匂い
五線譜から逃げ出した掴めぬ音
風が前髪を揺らす
命のぬくもりが少女に触れる
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