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SNS恋愛小説/ MAYBE〜糸電話〜 第4話
《バイトの常盤君》
翌日の朝礼は長かった。
検査課と製造課に新しくバイトさんが入るみたいで、その簡単な紹介があったからだ。
わたしは列の後ろの方、しかも低身長。どんな人が入ってきてるのか、背伸びしてもよく見えないし、なんとなく果鈴さんの方を見た。ら、なんと隣の滝山さんと指相撲…。
そういうわたしも、昨夜のことが頭に引っかかったまま、所長の話が終わるのを待つばかり。
昨夜のK氏の言葉…
「職場の人がどうであっても、まあがいてくれれば、俺は頑張れるよ」「俺、まあが好きだから」
それはわたしにとって、全く初めてのあまりにも甘い…甘すぎる言葉だった。
ネットの中だからかもしれない。相手のことをよく知らないから、勝手に理想を作り上げて、その相手からの言葉だと喜んでいるんだよね。
だけど、もう今のわたしは、彼にかけられた魔法から逃れられる気がしなかった。
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ようやく朝礼が終わり、事務所に入ろうとする時、果鈴さんが話しかけてきた。
「ねぇ、部長に言われたんだけど、午後の出荷の後に新人さんに出荷の仕方教えてほしいって。」
わたしは、??と思った。
「新人さんって、今日入ったバイトさん?検査と製造に入ったんじゃないんですか?」
その2つの課は、製品出荷の事務部にほぼ関わりがないからいいやって思って聞いてたから。
「…それが、もう一人いるらしくて、遅れてきたみたい。その子は出荷担当に入るんだって。」
え、初日遅刻!?それは…
「で、わたしも事務処理終わったら行くけど、シズ先に教えててくれないかなぁ。」
「はい、わかりました!」
「よろしくねっ。」
あー、初日遅れてくるなんて大丈夫なのかな、その人。ちゃんと教えられるかな…。
っていうか、今日はK氏もバイト初日だったの、どうなってるんだろうな?上手くやれてるかな。
そんなことを考えながら午前の作業に入ったわたしは、その後すっかり慌ててしまうことになる。
というのも、今日は世間では知らない人などいないあの有名な儀式の日、バレンタインのデー。
そんなのこれまで縁がなさすぎて素通りしそうになってたところへ、果鈴さんがこっそり、
「今日バレンタインでしょ?事務所の男性社員にはチョコ渡しといたから、うっすいチョコ箱詰めのだけど」
と言ってきて、気づかせた。
「2人からってことになってるから、声かけられたら、よろしく」
「そんな…、すみません!! わたし、うっかりしてて。ていうか、そういうのいつもするんですか?」
わたしが事務部に異動してきたのが、去年の4月。そんな習慣があるなんて、知らなかった。
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「ま、一応ね。面倒だよね。でも今回は気にしなないで。わたしもギリギリまで忘れてて、じつはうちの兄さんが高校教師で、バスケ部の顧問してるんだけど。その生徒たちからのチョコ、数が合うからこっちにスライドさせただけだから笑」
さすが、果鈴さん。
そんなとこまで無駄がない。助かりました!
そうして無事午前を終え、昼休みに入ったのだけど、今日は初めて、MAYBEをひらくのをためらった。
K氏もバイト頑張ってるだろうし、なにしろ彼に返事しないままにビートしたりするの、なんだか気が引ける。
でも、タイムライン見るだけならいいかな。
果鈴さんが彼氏にLINEをうつ間に、そっとMAYBEをひらいてみる。
【ビート】
飴玉
「今日からお父さん出張〜♪3日は帰ってこない」
小夜子✡
「あたしが昼の1時に現れる。文句ある?」
楽しそうで、返し(返信)たかったけど、ダメダメ、見るだけ。ナッキーとドラコは2人に面白おかしく返信してたけど。
K氏のビートはなかった。やっぱ余裕ないよね。
昼休みが終わると、ぼちぼち午後の出荷に備えて伝票の確認とかをするんだけど、今日は出荷後にバイトさんに教えたりしなきゃいけないから、手早く準備にかかる。
「シズ、バレンタインに告白とか、考えてたりしないの?その、ネットの彼に」
「それ、まだ考えてませんでした。でも…」
話してみようかな、告白されたこと。
と口をひらきかけたけど、
「じゃ、OK」
果鈴さんは、珍しく…無理に話を切った。
やっぱり賛成ってことではないよね…。
夕方になると、製品出荷口まで製品を持っていき、送り状と伝票を照らし合わせて確認する。
そこまでは、果鈴さんと一緒。
すると、突然果鈴さんが、ほっとため息をついて
「事務所の方に配ったチョコ余っちゃってたからさ、バイトさんにもお裾分けしてあげようかと思うんだけど、どっかな?」
貰い物からとはいえ、せっかく果鈴さん持ってきてくれたんだし、余らせるの気の毒。
「そうですね!バイトさん男の人かな?」
わたしがそう言うと、果鈴さんはパッと顔を輝かせた。
「そうみたいだよ。部長、常盤君て呼んでたからね」
そして急ぐように、数枚の薄いカードのようなチョコを渡してきた。
「事務部女子からって言っといて。じゃ、伝票処理のほう済ませてくるからまた後でね」
わたしは手元のチョコを見つめながら、他部署だけどなんて言って渡すべきか考えながら、バイトの常盤君らしき人が来るのを待った。
それから5〜6分すると、その彼は製造課につながる廊下を走ってやってきた。
「すいません、遅くなりました!バイトの常盤です。よろしくお願いします。」
そう言って一礼すると、ゼェハァ息を荒くしている彼を見て、思わずわたしは笑ってしまった。
「そんなに急がなくてもよかったのに。」
彼は浅く笑って、申し訳なさそうに
「10分前には行くように言われてたのを、時間見てなくて…すみません」
それは今朝の遅刻とも繋がってるのかな?とか思いながら、それでも彼の印象は全く悪いものではなく、むしろ一生懸命すぎてそれのせいで疲れてそうな。
「今日の出荷はもう終わってるし、ゆっくり教えられるから大丈夫ですよ。あ、わたし…」
そういって、ポケットに入れてた社員証を取り出して見せた。
社名・事務部【間阿真亜】と名前が載っている。
「これ、読めます?」
わたしがいつもやるやつ笑。読めない名前だからできるなぞなぞだけど、これで少しは緊張ほぐれてくれるかな?
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「ま…あ、まあ?」
常盤君は、躊躇いつつしっかり間違ってくれた。
わたしは "引っかかったぁ" とばかりに、笑って答える。
「んなわけないでしょ〜笑!答えは…」
と、常盤君を見ると、なんだろう…!?彼は目をまん丸に、顔を真っ赤にしている。なに…、この反応?
「あ、答えは、"しずおか まつぐ" 。珍しい読み方が2つもくっついてるから全然読めないでしょ?子供の頃からずっと、ちゃんと呼んでもらえないの笑。しずおか、だからね。」
わたしは急いでそう言うと、何か悪いことを言ったのか、笑ったのが悪かったのか考える。彼は明らかに慌てていて、
「は、はい」
誤魔化すように浅く笑ってすぐに黙った。
ウケなかったうえに、なんかこの空気…気まずい。
常盤君の様子が少し落ち着いた感じがした所で、さっさと作業を教えることにした。
「じゃあ、これを製品として梱包して、出荷までの流れをやってみるから、まずは見ててね。」
わたしがそう言って、製品の箱を更にダンボールに入れて閉じ、伝票と確認しながら送り状を貼っていくと、彼はそれを、まるでいつ動くのかわからないカメレオンのように、じっと黙って見つめていた。
そうしてわたしが作業を最後まで一通り終えてしまうと、彼はようやくこっちを見て一言、
「一度、1人でやってみていいですか?」
と、製品の箱詰めから始めた。
わたしが横から2〜3箇所の注意点を付け足しながら、それでも彼は最後までひとつも間違わずに作業を完了させた。
たった一度見せただけなのに、こんなに完璧にできるもの?
「何か、こういう仕事してたことあるの?」
わたしは何気なくそう聞いてみた。