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SNS恋愛小説/MAYBE〜糸電話〜 第8話
《弟の涙とナッキーの恋》
その日の夕食後、わたしが先にお風呂から出ると、弟の玲音と廊下ですれ違った。
玲音は中学1年、おとなしく優しい子で、姉のわたしから見ても文句無しのいい子。ちょっとおとなし過ぎるかもしれないけど。
「玲音、お風呂入っていいよ」
わたしが声をかけると、
「うん、オッケー」
と、いつも通り明るく返ってきた。
けど、なんか、変な感じがする。声が少し鼻声だし、まるで顔を隠すようにこっちを見ない。
「ねえ、玲音」
わたしは振り返り、もう一度呼んだ。
「なに?」
やっばり、声がくぐもってるし、長い前髪で目の辺りを隠すようにうつむき加減でいる。いつもはまっすぐこっちを見る。
「あんた、風邪気味なんじゃない?声が変だよ」
一応そう返したけど、その時には、彼が少し前まで泣いていたことを直感していた。
「大丈夫だよ、のども痛くないし…」
「熱は?」
そう言ってわたしは、その長い前髪をよけて額に手をすべり込ませた。目は明らかにうるんで、また涙の粒が浮かんできていた。
「何があったの?」
玲音は、わたしの手も払わずにじっとこっちを見つめた。
「なんでもない。今日先生に怒られたの思い出しただけだよ」
「なにを怒られたの?」
わたしは、何か言いたそうな顔をしたその様子を見て、彼の部屋へ連れて行き、ベットに優しく座らせた。
「……」
「先生がなんて言ったの?」
「数学の時間、僕がノートに絵を描いてたのが悪いんだ。先生に見つかって、授業に参加しないなら出ていけって…」
玲音は、悪いことをした自分が悪いというふうだった。
「酷い言い方されたのね」
そう返すと、すっと顔を上げた彼は、
「本当は…」
といい出した。
「その怒られた後、片桐君達が、僕のノートを無理やり取って…」
「それ、クラスメートの子?」
玲音は頷きながら両手で顔を覆うと、わっと泣き出した。
「僕の描いた絵を、馬鹿にしたんだ…。そのページを破って、ゴミ箱に捨てた」
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そんなこと…!!
「いつもなの?いつもそんな事するの、その子達?」
玲音は「ときどき、虐めてくる…」と言って、また溢れてくる涙を手で何度も拭いては、しゃくり上げた。
「お母さんか先生には話してるの?」
わたしは、怒りと心配で息が荒くなった。
玲音は首を横に振り、その頬にはまた一筋涙が流れ落ちた。
どうしたらいいんだろう?わたしに出来ることってあるの?
あっ!そうだ。
「玲音さ、宿題に日記ってある?」
「日記に書くの?先生に怒られたノートのことなのに…?」
玲音は、とても嫌そうに目を細めた。
「それか、お母さんにも話してごらんよ。いつもそんな事してくるなんて、許せないじゃない!」
すると、俯けていた顔を少しだけ上げて、コクンと頷いた。
「こういう時は、ちゃんと誰かに話さなきゃダメだよ?これからも、ね?」
「わかった」
それからわたしは、玲音の目をしっかり見つめて言った。
「もし、お母さんも先生もどうにもできなかったら、また一緒に考えよう。1人で我慢しないでね」
玲音は、手の甲で目をこすって、また頷いた。
「うん。お姉ちゃん、ありがとう」
飴玉だけじゃない。
わたしにも家族の悩みが見えてきたんだ。でも、聞くことができたのは、ひとまず良かった。これから、そのクラスメート達の行動がもっと悪い方向にいかなければいいんだけど。
わたしはそう思いながら自分の部屋に戻ると、いつものように、というかすっかり癖で、MAYBEをひらく。
【ビート】
ナッキー
「伝言ゲームの用意できたら集まって」
あー、そうだった!
ナッキーの告白されたって話をDMで伝え回す約束してたんだ!
今のわたしは、昼までのような楽しい気分にもなれなかったけど、だからといって… うーん
どうしようかな。
そう思っている時、ポツンとDMが入った。
【DM】
K氏
「まあ、俺がナッキーから先に聞いたから、それ話そうか?」
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よく見ると、ナッキーのビートはもう2時間前のものだ。
K氏
「さっき、小夜子✡さんにも回した。その次、飴玉→ドラコに回すってさ」
まあ
「うん」
わたしは、ちょっとほっとした。助かった、このテンションで盛り下げるの間違いない わたし。
K氏
「まあ、何かあった?」
わたしの返事に、K氏が何か感じ取ったみたい。
まあ
「ううん。ちょっと、弟と話してたらこの時間になっちゃって。ナッキーの話、聞きたい!」
わたしがそう返すと、K氏は、わたしに弟がいたということを知れて喜んでいる様子だった。
ホッ、よかった。
そして、K氏から聞いたナッキーの話はつまり、こういうことだった。
夜の時間帯に先輩とバイトの時間が重なった時、いつも通り仕事終わりにナッキーが帰り支度をしていると、先輩が近づいてきて…。
なんと、ちょっと高級な(メーカーは内緒)チョコを渡してきたんだって。
当然、驚くナッキーに、先輩が
「こういうのって、嫌かもしれないけど。友チョコとか、あるだろう?バレンタインに独り者同士だし、もし、嫌じゃなかったらこれ、もらってくれよ」
って、言ってきたんだって。友チョコにそんな良いもの選んだりする事にも驚き。それで、ナッキーが(あの正直者が)大喜びしたらしく(想像できる)その喜び方が尋常じゃなかったのを見て、先輩が
「そんなに喜ぶと思ってなかったけど」
って笑って言ったら、その笑顔にキュンとしたナッキーは、
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「オレは先輩にもらえたことが、本当に嬉しいんです!!!!」
って、言ったんだって。すると先輩が急にナッキーをバッと抱きしめてきて、
「僕と付き合ってくれないか?じつは、中本のことが本当に好きなんだ」
って、告白されたという。
K氏
「と、いうことだったみたいだよ」
まあ
「ねぇ、それってさ、《先輩にもらえたことが、本当に嬉しい!!》って言ってるナッキーの方が、先に言ってる気がしない?笑」
K氏
「あははっ、そうだよね!たしかに!笑」
まあ
「でも、その先輩。もともとナッキーみたいに同性愛者だったのかな?」
K氏
「どうなんだろうね、もしかしたらナッキーの魅力にやられてそうなっていったとか…」
まあ
「本当に本気なのかなぁ…?全然予想してなかったからビックリだよ!(本名、中本っていうんだね)」
K氏
「俺たちはナッキーに会ったこともないからね。結構男前かもしれないし、わりと男にも好かれる雰囲気だったりして」
そうだよねぇ。わたし達誰もお互いに会ったことがない。
K氏にも会ってみたいと思う気持ちはあるけど、やっぱり、まだなんだかこわくて。
まあ
「うーーん、なのかなぁ?」
K氏
「あぁ、それより…」
ん…?
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K氏
「まあのことも、もっと知りたいけど」
あ、そっか。K氏を知るってことは、自分のことも知られるってことだよね。わたしをもっと知って、K氏に嫌われたりしたらと思うと…。
本当にこわい。
まあ
「もっと知ってわたしの印象が、思ってたのと違ったりしたら…K氏、嫌になっちゃうかもよ?」
でも、それを言うなら、付き合ってから分かる方がもっとマズイかな?とか、複雑な思いが浮かんできた。
K氏
「大丈夫!だけど、まあがいいって思った時でいいよ。俺は、そういうことで変わったりしない」
まあ
「本当…?」
本当にそうなら嬉しいけど…
K氏
「たぶん」
まあ
「あ〜!そんなのこわくて無理だよ〜!笑」
わたしはくすくす笑いながら、K氏の優しさや素直さも受け取った。
するとK氏は、数秒ほどあけてから、
K氏
「それ、俺に嫌われたくない、って言ってるんだよね?」
あ、そうだよ。バレちゃった。
K氏
「俺、今すごく嬉しい」
なにそれ、その言葉、わたしも最高に嬉しいー!!!!
K氏
「顔真っ赤だ。ヤバイ…」
その言葉で、ふと、思い出した。バイトの常盤君。わたしの名前を間違えて読んだ後のあの赤面を。真っ赤だったもんね本当に。
K氏もあんな感じになってるのかなぁ。
「まあ」って呼ばれるの、あんなふうな感じなのかな?
わたしは、今のこの素敵な興奮を濁したくなくて
まあ
「じゃ、知りたいことも…、そのうちにってことで☆」
と、さっきの複雑な思いを無理やり頭から追い出してしまうと、幸せな気持ちで「おやすみ」を言い合い、DMを終えた。
K氏のことがすごく好きで、あんなふうに言ってくれるところも大好きで、もっとお互いのことを知って、会ってもそれが続いていくならどんなに嬉しくて最高だろう!!
そう思えば思うほど、楽しみと不安が《半分半分》になった。