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滑川への道②

 「ほたるいか海上ツアー」は、①ホタルイカのフルコース②ホタルイカ海上ツアー③スカイホテル滑川宿泊、といった内容で構成されている。これに新幹線代とレンタカー代を含めると約5万円となる。なかなかの出費ではあるが、この千載一遇のチャンスを逃すわけには行かない。
 千載一遇とはずいぶん大仰な、と思う人もいるかもしれないが、これは①2月中にホタルイカ観光のことを思い出す②一緒に行ってくれる人が見つかる(必須条件ではないものの、1人より2人のほうが良いに決まってる!)③滑川でホタルイカが水揚げされる④必要経費が用意できる⑤そこそこ健康である⑥日本が平和である―という最低でも6項目がクリアされなければ実現不可能な旅なのだ。来年もこの条件がそろうとは限らない。
 思い立ったが吉日。春とはいえ、まだ寒いであろう日本海に青く輝くホタルイカへの思いは日に日に膨らんでいった。

4月25日(木)
 朝7時15分、東京駅でT先生と待ち合わせ。新幹線のチケットは私が持っているので、丸ノ内線に乗ってくるT先生には丸の内側の中央改札で柵越しにチケットを渡さなければならないのに、誤って八重洲中央口に向かってしまう。改札まで来てようやく「何かおかしい」と感じてスマホを見ると、「どこにいるの?」とのLINEが!慌てて丸の内口まで引き返す。ここでようやく目が覚めた。
 新幹線に乗る前に朝食を取ろうと、グランスタの「寿司清」へ。ここでT先生と朝食をとるのは2回目。鯛茶漬けが有名で、前回は鯛茶漬けにしたが、今回は少し冒険して鮭といくらのお茶漬けを頼む。T先生は安定の鯛茶漬け。
 それなりのご飯の量だが、温かいお出汁とともに啜っていくと、ペロッと平らげてしまうから恐ろしい。ふわふわの鮭のほぐし身とプチプチのいくら。朝からぜいたくな気分を味わえる一杯だ。
 8時12分、東京駅発のかがやき521号に乗車。2日ほど前にT先生が予約してくれた鱒ずしのお店の話や、仕事の話、富山の駅レンタカーがGWはすべて予約で埋まっている話など、いつものようにとりとめなく話す。長野を過ぎたあたりから、お昼はどこで食べるか、という話題になった。
 富山と言えば日本海の海の幸が有名だが、夜はホタルイカフルコースと決まっている。それなら昼はお肉がいいんじゃないかという話になり、T先生が事前に調べたお店の情報を見せてくれる。「新潟県村上市が鮭だけでなく村上牛という美味しい牛を隠し持っていたように、きっと富山にも美味しいお肉があるはず」というT先生の推理通り、富山県産の美味しいお肉を扱う、その名も「富山育ち」という焼肉屋さんが富山駅の近くにあるという。夜は高級そうだが、ランチならそこまでのお値段でもないだろうと仮決めしたところで新幹線は富山駅に到着した。

 10時27分、我々は富山駅に降り立った。空はあいにくの曇天。今にも降り出しそうな様子だ。
 とりあえず、駅レンタカーの場所を聞こうと駅のインフォメーションデスクに立ち寄る。カウンターの女性がにこやかに対応してくれた。

 富山駅は3年ほど前に見た時とは大きく変わっていた。当時まだ工事中だった駅前はすっかりきれいに整備されている。駅ビル内の「きときと市場」という一角には、お土産物屋さんが軒を連ね、干したホタルイカや昆布を巻き込んだかまぼこ、白エビ、大門そうめんなど、郷土色豊かな土産物を並べている。富山のご当地グルメのブラックラーメンや回転ずしなどもあり、一通り眺めるとそれだけで30分はすぐに経つ。少しおやつを買って、もう一度駅のインフォメーションデスクに立ち寄り、先ほどの女性におすすめの肉料理のお店について聞くと、なんとおすすめは「富山育ち」だという。T先生のリサーチと「私もたまに行きますよ」というインフォメーションデスクの彼女の言葉を信じ、降り出した雨の中、一路「富山育ち」を目指したのだった。
 「富山育ち」は駅近くのAPAホテルの1階に入っていた。想像以上に高級感のある入り口に少し怯むが、ここまで来てそんなことは言っていられない。開店時間数分前にお店の前に立つと、開店準備に出てきた店員さんが店内へと案内してくれた。焼肉屋さんというよりは、和食屋さんのような落ち着いた雰囲気の店内を、4人掛けのテーブル席に通される。
 席について「限定10食」と書かれたローストビーフ丼のメニューを見ていると、お店の人が申し訳なさそうに「ローストビーフ丼はあと1つしかないんです」という。開店準備と同時に入ったというのに、すでに9食分売れているというのは不思議だったが、協議の結果、ローストビーフ丼と特選焼肉ランチを注文し、シェアすることで話がまとまった。
 ローストビーフ丼は、しっとりとした肉質のローストビーフが惜しみなくご飯を覆い尽くし、甘辛いたれと卵黄をまぶしつけながら粒の立ったご飯と一緒に口に運べば、思わず唸らずにいられない逸品だった。焼肉も、特選というだけあって、上タン、とやま和牛特上ロース、とやまポークと圧巻のメンバーがそろっていた。中でもこのコースにしか付かない特上ロースは手のひら大のサイズで、全体に細かくさしが入っている。ミディアムレアで網から引き上げると、自らの脂を纏ってほれぼれするほどの輝きを放ち、口の中であっという間にとろけてしまう。口福とはこういうことだと実感する瞬間だ。ちなみにローストビーフ丼は1200円、特選焼肉ランチは3500円。サラダや小鉢なども付いていたことを考えると、かなりのお得感だ。「東京ではこうはいかないね」と言いながら店を出る。

 駅に戻って、駅レンタカーへ。シルバーのフィットが私たちを待っていてくれた。手続きを済ませ、まずはT先生が行ってみたいという「日枝神社」を目指す。この辺りでは一番大きな神社だという話だったが、そこまで大きな神社ではなく、鳥居のすぐそばに駐車場がある。社殿は立派で、出世や良縁のご利益があるということだが、そういったご利益にあまり興味のない私たちはいつもの通りそれぞれのスタイルでお参り。T先生は御朱印もいただいていた。
 さて次はどこへ行こう、という話になり、富山と言えば薬売り、というわけで「広貫堂資料館」を目指すことにする。少し迷って到着。思った以上に立派な白壁の建物だ。
 中に入ると、正面で富山の薬売りのマネキンが出迎えてくれる。右に行くべきか左に行くべきかときょろきょろしていたら「こちらへどうぞ」と左から呼ばれたのでそちらへ。そこはシアター形式になっており、これからビデオを上映するという。観客はわれわれ2人。係の女性が入り口で手渡してくれた「サンリキソV」という栄養ドリンクを飲みながらビデオを見る。江戸城内で三春藩の藩主が突然激しい腹痛を起こした際、そこに居合わせた富山藩2代藩主・前田正甫(まさとし)公が、常に携帯していた「反魂丹」という薬を与えたところ、たちまち痛みが治まったことから全国に広がったという富山の薬。 全国各地の病気に悩む人々を救療するため、 先に薬を預けておき、次回訪問したときに使用した分の代金だけを受け取る 「先用後利」の手法を用いて寒村僻地にまで重い柳行李を背負って向かった富山の薬売りの心意気を思うと、危うく涙がこみ上げてきそうになる。 改めて前田家の先見の明に頭が下がる。加賀藩の繁栄もそうだが、いったいどんな帝王学が受け継がれていたのだろうか。
 資料館には生薬の数々や昔の薬のパッケージなどが展示されており、お土産に薬膳カレーなどが並ぶ。妙にポップな薬のパッケージは突っ込みどころ満載で面白い。T先生は鎮痛剤を買ったら紙風船がついてきたと言っていた。

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