春はたけのこ
たけのこ:春はたけのこ。日本人なら、ここに異論を挟む余地はないはず。
ちなみに、たけのこ狩りは素人にはかなりの重労働だ。
まず、たけのこの生えている山はたいてい斜面が急なので、まっすぐ立つだけで大変。しかも、地面に出ているたけのこはえぐみが強いので、まだ地中にいるたけのこを狙う必要がある。素人には落ち葉の重なった地面にしか見えないが、プロは微細な兆候を見逃さない。「そこを掘ってごらん」なんて言われて掘るとほんとに出てくる。その様子はほとんど超能力捜査官といっていい。
なにやら雅な風情を纏うたけのこだが、たけのこを掘ったとたん、その切断面にはどういうわけかハエが群がってくる。みずみずしいたけのこの根に群がるハエを見るたびに、不気味さを超えた、自然の力強さを感じるから不思議だ。
山の中の暗い地中から掘り出されるたけのこだが、外側の固い茶色い皮を剥くと、なまめかしいほどに美しい可食部分が現れる。穂先は柔らかく繊細な甘み。根本に行くにしたがって歯ごたえが増していくが、そのサクサクとした歯触りはほかに類のない食感だ。分類上は野菜だと思うが、なんとなく野菜の枠に当てはめたくない。特別扱いしたい存在。タケノコはタケノコだ。
このたけのこ、掘り出すのも一苦労だが、食べるのも大変だ。たけのこを手に入れたら、大急ぎで家に帰り、灰汁を抜くため、一本丸々入れることができる寸胴鍋に米ぬかを入れて約一時間茹でる必要がある。ここまでは時間との勝負だ。しかし、ここまで慌てさせておきながら、おいしく食べるためには鍋ごと自然に冷めるのを待たなければならない。まことにわがままな食べ物だと思う。
食べ方としては、若竹煮とたけのこご飯あたりが定番。鮮度に自信のある料理屋では刺身も出てくるが、今のところ若竹煮を超える刺身に出会ったことはない。煮たたけのこで鶏ひき肉を挟んで揚げた挟み揚げも美味だが、不思議と家でしかこの食べ方で食べた記憶がない。手間はかかるが、広がってほしい料理の一つだ。
そういえば、子どもの頃、実家の庭に竹があった。住宅街の狭い庭だったが、若かりし日の両親は竹垣のある庭に憧れていたのかもしれない。しばらくして、竹の根が家屋を傾けるほど強いことが分かりすべて抜かれたが、幼いころにはたけのこが出ると、母がたけのこの比較的柔らかい皮を包丁の背で鞣して梅干しを包んでしゃぶらせてくれた。あの時の竹の香りと梅干の塩味のハーモニーは今でもしっかりと思い出せる。
思えばこれ以上鄙びたおやつを未だかつて私は知らない。
世の中には、生えたままのたけのこの周りを掘って炭を置いて焼く「地獄焼き」なんていうのもあるらしい。かわいいたけのこになんて残酷なことを、と思わなくもないが、たぶんすごく美味しいからいつか機会があれば食べてみたい。
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