舞台「迷子の時間」~時間の隙間におちたものたち
田舎町、ある秋の日の夕方。
人気のない山道で、一人の園児と幼稚園送迎バスの運転手が姿を消した。
バスはエンジンがかかったままで、争った跡はなかった。
手掛かりはほとんどなく、五年経った今も二人の行方は分からないままだ。
消えた子供の母、その弟で最初に現場に駆けつけた警察官、消えたバス運転手の兄。
それぞれが思いを抱えながら向かえた五年目のある日、三人が出会った人たち……
彼らを通じて、奇妙な事件の全貌が見えてくる。
主演亀梨和也、作・演出前川知大の舞台、「迷子の時間」。
5年ぶりの亀梨和也の舞台。
前回の蜷川幸雄演出音楽劇「青い種子は太陽の中にある」が本当に良かった。
ただ私自身は音楽が好きなので、ストレートプレイはどうなのかと。
ストーリーは5年前に田舎町で起こった
バスの運転手と幼稚園児の失踪事件から始まる。
演者は7人。
消えた園児の叔父であり最初に現場に駆け付けた警察官。
消えた園児の母であり警察官の姉。
消えたバスの運転手の兄。
バスが消えた現場に突然現れた謎の男。
車を盗まれた霊媒師。
父の死を知りヒッチハイクで実家を目指す男。
ヒッチハイカーの妹。
消えた運転手と園児に関係があるのは3人だけ。
あとの4人はどう関わっていくのか。
事件が起こってから5年が経過し、
一見日常を取り戻しているかのように見える
消えた二人の家族たち。
だがこの状態になるまでは地獄のような日々だった。
息子を突然失い、半狂乱になる母。
怒りの矛先を消えた運転手の家族に向ける。
中傷のビラをまき散らし、運転手の家族の生活を壊し、
町から追い出した。
そして次は追い出すほどではなかったのにと、
自分が周囲から中傷を受け始める。
運転手の家族も園児の家族も被害者のはずなのに…。
事件から3年が経ったある日、
母は救いを求めて生きる者の声も聞くことができるという
霊媒師の元へ向かう。
息子の声が聞きたい。
霊媒師は言う。
“自分は人の記憶がたまった巨大プールの中から
聞きたい声を引き出すことができる”のだと。
“息子さんは生きているけど、どこにいるかはわからない”と。
それが嘘なのか本当なのかはわからない。
作品紹介には、
“奇跡を信じて嘘をつき続ける霊媒師”
とあったが、すべてが本当に嘘なのか。
霊媒師の語る言葉はうさん臭く、
怒り帰った母だが、彼女の中では何か響くものがあった。
哀しみは癒えないが、日常を取り戻そうとする。
それを見守る弟。
事件から5年後のある日、
その霊媒師は事件のあった町にたどり着いていた。
事件の日に現場に突然現れたあと、逃げた男とともに。
その逃げた男は自分は未来から来たという。
父は消えた運転手。
この時代なら0歳児。だけど彼は大人。
そしてそこに現れたのがヒッチハイカーの男と妹。
ヒッチハイカーの男の父の名前も消えた運転手と同じ。
記憶を失い戸籍もなかったという父。
ヒッチハイカーの男はその父とは血のつながりはなく、
捨て子だったと聞かされていた。
少しずつ繋がっていく。
神隠し。
昔から人が突然いなくなることは起こっていた。
消えた人はどこに行ってしまったのか。
運転手と園児は過去の世界に飛ばされていた。
ヒッチハイカーの男は失踪した園児。
園児の母とヒッチハイカーの男が同じ車の中で
隣同士に座っている姿。
ずっと探していたなくしものが
すぐそこにあるのに気づかない。
誰か教えてあげてほしい。
そしたらみんな救われるのに。
神隠しとはタイムトリップ。
時間を超えてしまう。
でも自分が生きてきた時間と異なる時間に飛んでしまうと、
社会のシステムからは弾き飛ばされる。
未来から来た男も、過去に飛ばされた運転手も戸籍がない。
戸籍がないと社会では生きていけない。
園児だけは運転手が救ってくれただけ。
タイムトリップを根底に
不可思議な空間を語る物語かと思っていたが、違う。
現在社会の問題を描いているのか。
運転手家族を追い出した母を責める町の人たち。
無関係な野次馬は歪んだ正義感を振りかざして、
自分を正当化する手段として弱った人を言葉で叩きのめす。
運転手の葬式の場では悲しむことよりも
戸籍がないことを噂する人たち。ここにも野次馬。
戸籍がないがために十分な医療すら受けられない社会システム。
戸籍のない未来人は住む場所も仕事も手に入れられない。
盗みを繰り返して生き延びている。
誰も救わない。
システムという型から逸脱したものは存在する資格がないようだ。
失踪から5年後のちょうどその日に関係者たちが集まった。
その日はこの村で不思議な天体現象が起きるという。
この7人がこの場所に導かれたことに何か意味はあるのか。
でも何も起こらない。
バーベキューを食べるだけ。
未来から来た男は未来には戻れないし、
消えた運転手は死んでしまった。
園児は自分がどういう存在だったのかすら覚えていない。
運転手も園児もいくら待っても帰ってくることはない。
過去で生きてしまったから。
家族はそれを知らず待ち続ける。
訪れた者たちは村を去る。
日々の時間はただ流れ続ける。
“迷子の時間”
神隠しにあったことが迷子なのか。
真実を知ることなく日々を過ごすことが迷子なのか。
人の虚無感を感じた舞台だった。
悪い意味ではなく、ただ真っ白な世界が広がる。
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