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楠木ともりと優木せつ菜の「大好き」の記録 1,2.5次元コンテンツとキャラクターの在り処

 本稿は、優木せつ菜役を楠木ともりが降板し、そして林鼓子が引き継ぐことに際して、楠木ともりと優木せつ菜がどのようなことを行って、どのように「大好き」な気持ちを叫んできたのかを改めて解釈していくものである。

 「情」という漢字には、情報・感情・情けという三つの意味があるらしい。まさに楠木ともりと優木せつ菜は、その活動を通してこの三つの情を作り上げてきたということが出来るだろう。彼女の活動は歌や言葉といった情報を通して、「大好き」の気持ちを始めとした多くの感情を生み出し、ファンにある種の情けを授けてきたわけである。
 だがそれも、降板でひとつの区切りとなる。楠木ともりは、自身の難病が発覚してとても不安な気持ちであるだろうし、なにより彼女の健康が一番であるから、この降板の決断はもちろん尊重されるべきものである。そして新任の林鼓子も、引き継ぐことに小さくないプレッシャーを抱えることになるだろう。
 だからこそ、今一度ここで彼女たちが生み出してきたもの、残してきたものを振り返りたい。正しく言えば、こんなものが存在していたのだという事実を記録していきたい。そしてそれを未来につなげ、正しく林鼓子への期待をしていきたい。
  
 アイドルとは儚いもので、気を付けていないといつの間にか消えてしまう。まさに刹那的な存在である。しかしアイドルが消えたと同時に、そのすべてが消えてしまうのはとてももったいないことではなかろうか。だからこそ自分はアイドルのことを記録していきたい。この文章はそのような問題意識の下に書いていくものである。この文章によって、楠木ともりさんと優木せつ菜が作り上げてきた三つの情が少しでも後の世に記録され、伝わっていけば幸いである。
 そこでまずは、楠木ともりと優木せつ菜のことを考える上で基本となる、2.5次元コンテンツにおける声優もキャラクターの関係性について考えていきたい。
 
 

〈2.5次元コンテンツと声優の交代〉

 声優交代とキャラクターのイメージの変化による視聴者の困惑の歴史は短くない。古くは、『ルパン三世』シリーズでは、主人公のルパン三世役を山田康雄が勤め評判となっていたが、一度だけOVA『ルパン三世 風魔一族の陰謀』において声優を古川登志夫に変更したところ、視聴者からは視聴者からは批判の声が上がり、その後山田康雄が高齢のためルパン三世役を引退した際には、後任としてモノマネ芸人の栗田貫一が引き継いだ。キャラクターイメージを守るために、プロの声優ではなく声が似たモノマネ芸人が選ばれたという稀有な例である。
 「声」が似ていることが、キャラクターイメージを守るために重要なであることを分かりやすく示した一例といえよう。

 また2.5次元コンテンツにおける声優の降板も、なにも楠木ともりが初めてのことではない。むしろ少なからず存在したことだ。例えば、『アイドルマスター』シリーズにおける、荻原雪歩役であった友利花が突然浅倉杏美に交代したことは当時のファンに大きな衝撃を与え、さらに事件の五年後に友利花がTwitterで当時のことを暴露して大きな話題になった。
 他にも近年では、『BangDream!』シリーズにおけるRoseliaの今井リサ役であった遠藤ゆりかが芸能界を引退することに伴い、中島由貴に交代したことや、同じくRoseliaの白金燐子役であった明坂聡美が突発性難聴によりバンドライブ活動が困難となり、志崎樺音に交代となったという、五人のグループから二人が交代してしまうという事態が発生した。またその志崎樺音もまた『D4DJ』シリーズにおけるHappy Around!の渡月麗役を「諸般の事情」により2022年に降板し、入江麻衣子に交代している。
 
 声優の体調不良が相次ぎ話題になった2022年末現在の特殊な例として、『Re:ステージ!』シリーズの伊津村陽花役は、膝の半月板損傷という大怪我と本人の意向により降板した花守ゆみりから嶺内ともみが引き継いでいたが、その嶺内ともみが芸能界を引退することになり、三度目の声優交代を余儀なくされるという事態になっている。加えて同様の理由で、嶺内ともみが務めていた『ウマ娘』シリーズのアイネスフウジン役も交代することになっている。
 これら声優交代の事例はいずれにおいても、少なくないファンの困惑を生み出している。特に2.5次元コンテンツにおける声優交代の多さからは、それらのコンテンツの負担の大きさを垣間見ることも難しくないだろう。

 

〈キャラクターの構成要素と2.5次元コンテンツ〉

 そもそも2.5次元コンテンツにおいて、このような声優の交代はどのような現象として捉えていくべきだろうか。藤津亮太は、キャラクターを成り立たせている要素について、押井守の映画論映画『トーキング・ヘッド』を通して、「図像」と「声」がキャラクターを支えていると述べている。さらに藤津は、その図像の中でも、「色」が最小単位として大きな役割を果たしていることを述べている。かなり作画が乱れていても「声」が同じであれば、それは同じキャラクターであると認識できるし、逆に「声」が変わったとしてもキャラクターを代表する「図像」としての「色」が同じであれば、見ている人はそれを従来と同じキャラクターとして認識できるのである。
 
 「色」に関してはキャラクターグッズを想像すればわかりやすいだろう。例えば優木せつ菜のイメージカラーはスカーレット色である。この時、グッズの色がスカーレット色でさえあれば、どんなグッズだとしてもそれが優木せつ菜のグッズだと一目でわかるということである。「声」に関しても、ドラマCDの存在などを考えればわかりやすいだろう。
 さらにアニメの視聴者にとってみれば、具体的な声優個人によるものであるキャラクターの「声」は、抽象度の高いキャラクターの「色」よりも比較的わかりやすく個性を持ったものであり、ここにキャラクターの姿を声優に求める行為の原型を見ることが出来る。
 
 そうすると2.5次元コンテンツでは、キャラクターの「色」という「図像」と「声」の両方を声優が担うことになっていると言えるだろう。彼らは2.5次元コンテンツのステージ上で、キャラクターの「色」の衣装をまといながら「図像」を体現し、キャラクターの「声」を出していくのである。特権的にキャラクターを表現すること許された(その責務を担わされた)声優が、ステージの上においてキャラクターを聴覚的のみならず視覚的にも再現していくのだ。
 実際に、楠木ともりはダンスを制限するようにしてからは、「出来る限りのことはやりたい」として優木せつ菜と同じくらいの髪の長さになるウィッグを付けていたことは、声優がステージ上でキャラクターを体現していく上で、「声」だけではなく「図像」もよく意識されていることが分かる好例だろう。

 ここまで2.5次元コンテンツにおいて声優が担うキャラクターの在り方を見てきたので、次の章からは実際にこれらの考え方を楠木ともりと優木せつ菜のにより具体的に適用しながら、話を進めたいと思う。

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楠木ともりと優木せつ菜の「大好き」の記録 2,降板と2.5次元ライブにおけるトキメキの連鎖|此花(このはな)|note

〈参考文献〉
『ユリイカ 平成27年4月臨時増刊号 総特集 2.5次元』2015年 青土社 p183-185

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