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楠木ともりと優木せつ菜の「大好き」の記録 6,自己犠牲としての降板と「大好き」の行方

 ここまで、楠木ともりと優木せつ菜が如何にして「大好き」の気持ちをパフォーマンスの中で体現し、それをオーディエンスに届けてきたか、そしてそれを制限のある中でも模索し、しっかりと成し遂げてきたか、具体例と共に考えてきた。だがそれでも楠木ともりは優木せつ菜役を降板することを決断した。
 
 それは楠木ともりと優木せつ菜の「大好き」の記録 2,降板と2.5次元ライブにおけるトキメキの連鎖|此花(このはな)|noteでも述べたような、「私はせつ菜を体現しないといけないなと思っていて、ステージにいる間、動けない私を見せちゃうとせつ菜が動けないという見え方になっちゃうので。」という言葉に代表される、全員曲における困難もあるだろうし、もちろん何よりも重要な健康上の懸念もあっただろう。
 ただひとつ言えるのは、続投を望む声が少なからず上がったほどには、現状の楠木ともりによる優木せつ菜を受け入れ、求めている人がいたという事実である。そして何より楠木ともり自身も、何事もなければ優木せつ菜役を続けていきたかったのではなかろうか。


 楠木ともりは降板の正式発表の際に、Twitterで「せつ菜と一緒にやりたいこと、見てみたい景色はまだまだたくさんありましたが、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が伸び伸びと活動し、もっと広くたくさんの大好きを溢れさせてほしいという思いから、このような決断とさせていただきました」と述べており、虹ヶ咲と優木せつ菜の良き未来を祈るような文面となっている。
 逆に言えば、そこにあるのは、その良き未来に楠木ともりは不要であるという自己判断である。優木せつ菜のために、楠木ともりは自己犠牲の道を選んだとも言えよう。楠木ともりは、2.5次元コンテンツにおける彼女なりの表現の形を追求し、キャラクターと真剣に向き合った存在として、記憶に残るべきものになるだろう。

 
 またこの状況において、楠木ともりに執拗に続投を求めることも酷な話だ。筆者自身、ライブにおいて皆がMC中に戯れている中、一人だけ椅子にぽつんと着席している楠木ともりの姿を見ることは常に心苦しかった。だからこそ、今するべきことは、楠木ともりと優木せつ菜が共に歩んできた姿を見てきた者として、彼女に感謝しつつ、その姿を楽しい記憶として心に留め置くことだろう。
 こうして彼女のことを心に留め置くために、そしてそれだけではなくその記憶をさらなる未来につなげていくにためにも、絶えずこれらを解釈し、彼女たちが伝えてくれた「大好き」の気持ちと向き合っていくことが重要なのではなかろうか。

 なぜならここまで何度にもわたって述べてきたように、2.5次元ライブにおけるキャラクターは、声優とオーディエンスの相互作用的な関係のもとに誕生するからだ。つまり声優によるキャラクター解釈に基づいた「声」と「図像」の再現があってもなお、そこに我々オーディエンスの解釈が重ねられなければ、2.5次元ライブにキャラクターを現前させることは不可能なのである。
 虹ヶ咲の楠木ともりを解釈することは、優木せつ菜を解釈することに繋がる。そして優木せつ菜を解釈していくことは、新たに優木せつ菜を体現する声優となった林鼓子を解釈していくことに繋がる。

 もちろん懐古主義的になってはならないし、これらの言葉のすべてが林鼓子にプレッシャーをかけるものにもなるだろう。ただひとつひとつの理解の積み重ねこそが、楠木ともりも願っていたこれからも優木せつ菜を変わらず応援していくことに繋がっていくのであり、彼女の自己犠牲を無駄にしないことにも繋がるのではなかろか。
 これらの解釈をした上で、私は林鼓子に大いに期待をしたい。楠木ともりの解釈とオーディエンスの解釈と林鼓子の解釈が有機的に重なり合ったうえで、優木せつ菜はどんな「大好き」の気持ちを見せてくれるのかということを。

 

 そして改めて、ここまで『CHASE!』のシャウトや『ヤダ!』の「可愛い」への執念などたくさんの表現を通して、我々オーディエンスに優木せつ菜の「大好き」の気持ちを直接届けてくれた楠木ともりに最大の感謝を伝えたい。
 もし楠木ともり/優木せつ菜のことを忘れてしまったとしても、オーディエンスはそれぞれの形でこれからも「大好き」の気持ちと向き合っていくことになるだろう。しかし、その起点には必ず楠木ともりによる優木せつ菜がいたという事実は不変である。彼女たちが我々オーディエンスに伝え、授け、そして認めてくれた「大好き」の気持ちは、本当に大きなものだ。
 
 本稿は、その起点として楠木ともり/優木せつ菜の存在をいつでも明白にしておくための、いわば記念碑的なものを目指して書いたものでもある。この楠木ともりと優木せつ菜の「大好き」の記録が、その目的を果たすことを願いながら、文章を終わりにしたいと思う。

 

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