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51 梅すだれ‐御船
小佐井は三月に一度食べに来るようになった。三人前をぺろりと平らげて三倍の値の銭を置いていくよい常連客である。
ある日、部下と思われる二人の侍を連れてきた。一人は滝たちと年の変わらぬ二十歳くらいの若者で、もう一人は三十歳くらいの男である。年上の侍に滝は見覚えがあった。一人で食べにくる侍だ。マサが言うには島津の動きを監視している侍で、名を田北という。
大友家は九州の半分に当たる北と西の六つの州を支配している。肥後の東には九州の1/4を占める大国、日向の国がある。そして肥後の南には島津家の治める薩摩がある。その島津が昨年薩摩の東で日向の南にある大隅の国を統一した。それまで九州の1/9である南西を治めていた島津が、もう一つ州を支配し領地を倍に増やしたのだ。島津家が勢いに乗って領地をさらに拡大しようとしてもおかしくない。北上して肥後へ攻めて来るかもしれない。攻めてくるとしたら御船の西にある宇土半島の南にある八代海から入ってくるはずだ。それで島津に不穏な動きがないかを確認するために、舟で御船の御船川から緑川を下って河口で降り、南へ一刻歩いて八代海へ行き巡回してまた御船へ戻ってくるのだそうだ。
マサは荷船の仕事がない日に、銭を貯めて買った小舟で人を運ぶことを始めた。御船川を渡したり緑川まで下ったり、頼まれるがままに舟を出していて、田北を乗せたこともある。
いつもは黙々と食べていた田北だったが、小佐井が滝と打ち解けて話しているものだから、珍しく滝に話しかけてきた。
「武田の水軍を知っとっと?雑賀にも水軍があるはずと。おまんのとっちゃんは水軍におったとか?」
上野水軍の侍であるから水軍に興味があるのだろう。水軍のことをやけに知りたがる。
「水軍なんか知らない」
と相手にしない滝に、もう一人の若い侍も話しかけてきた。
「とっちゃんは雑賀の鉄砲隊と?」
若い侍は鉄砲隊のことを知りたがった。
「鉄砲隊のことも知らない」
と相手にしない滝であるが、何か知っていることを話せとしつこい。それでウコギが雑賀の鉄砲隊に入隊できなかったが根来のに入隊したことを話した。すると目を輝かせて根来の鉄砲隊のことを聞きたがったが、滝が知るはずもなく何を訊かれても「知らない」と答えた。
その夜、若い侍が鉄砲隊のことを知りたがってしつこくて辟易したとマサに話すと、マサはため息交じりにこう言った。「小佐井は明から届く火薬を受け取りに来てるけんね。わいも四国で採れる鉄砲の玉の素になるもんについてしつこく訊かれたわ。運んだことがあるか言うで材木と藍玉しかないて言うといた」理想の国だと思ってはるばる来た九州だったが、現実は四国の吉野川を船で上り下りしていた時と大して変わらないとマサは気付き始めている。
三好では鉄砲の玉の原料となる銅や輝安鉱を運ぶように、ここでは異国からの火薬を運んでいる。そして火薬を運ぶ船を動かせばたくさんの銭をもらえるのだから、誰もが喜んでそれをしている。そればかりか山菜を採りに行く朝来山もまるで四国の山のようなのだ。と言うのも、修験者がいるのだ。
修験者とは古代からある山岳信仰に仏教が融合して作られた修験道に帰依する者たちのことで、山の中で修業をしている。マサの故郷である三好には修験道が霊山と崇める剣山があり、多くの修験者たちが厳しい修行をしている。マサはこの修験者が大嫌いだ。なぜならこの修験者たちは日頃山で修業をしていることから山を知り尽くしている。猿よりも山を自由自在に動き回る。その山の知と機敏性とから、戦となると途端に有能な兵士になるのだ。
木や風などの自然に宿る神霊から験力を授かり、その智慧と霊力で民を幸せに導くのだときれいごとを言ってマサの従弟を修験道へ引っ張り込んだ。しかしやっていることは戦うために山を把握し体を鍛えて戦力を保持しているだけの戦闘員だ。山菜を採りに行くたびに大嫌いな修験者を見かけてうんざりしている。
九州への不満がくすぶり始めているマサ。その一方で滝と桐は飯屋の商いに没頭している。
と言うのも小佐井が主君である上野鑑稔に金山寺味噌を献上したところ上野がいたく気に入り、大殿である大友義鎮に献上すると言い出したのだ。それで小佐井は大きな甕と米俵に見間違う大豆の詰まった大袋を持って来て、この大豆でこの甕いっぱいの金山寺味噌を作るようにと滝と桐に命じた。その光栄なる使命に滝と桐が俄然やる気を出したのは言うまでもない。
大殿様も召し上がる金山寺味噌と聞きつけ、長崎から食べに来る者も出てきた。それで竹筒に詰めて持ち帰れるようにして、高く売りつけることも二人は始めたのだった。
つづく
次話
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