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【84】蓮の花

この路線は、一本電車を逃すと接続が悪い。

蒸し暑い夕方、相変わらず
ねっとりした海からの風が吹いてくる。
ホームでベンチに座って、次の電車を待っていた。

すみません、と、わたしの左に誰か座る。
目があうと、『乗り過ごしちゃって』、という。『眠くて一駅のりすごした』、と、大きな充血した瞳で言うのは、外国人の青年だった。

この地域を電車で走ると、煙突があちこちにそびえたち、大きな工場がそこかしこにある。
これらの企業を、彼のような外国からの多くの労働者が、きっと支えてくれている。

大きな瞳がこっちをみている。気持ちが溢れて、喋らずにはおれない気配が漂っている。
『疲れてたんですね』、と言うと、『疲れてるというより、悲しい!わけがわからない!』
と堰を切ったように話す。
片言の日本語で、聞き取れたのは
早朝にいきなり、結婚している家族から出ていけ、インドネシアに帰れと追い出され途方にくれている、ということ。


あなたは子どもいるか?
うん、わたしには3才のむすめがいるよ。
わたしには、もっと小さい子がいるよ。国にも、お父さんお母さんいるよ。仕送りしたかったけれど、今まで給料全部奥さんに渡して自分の家族のために頑張ってたよ、と。

わたしは何で声をかけたらいいかわからず、一緒にいた。リュックの中にあったパンをどうしてもあげたくなって、彼に元気だして、と言った。

彼は次の駅で
お礼を言って降りた。


わたしは、余韻に浸りながら
ボーッと電車の宙を眺める。
気分は悪くない。
彼からは変なものは感じなかった、ただただ戸惑って途方にくれてる、そして渦中の興奮状態。
異国での暮らしは、理不尽なこと、理解できないこともたくさんだろう。何かあったときにどうなるかわからない、弱い立場。そんなことも感じながら。
でも彼のもつ何だろう、何らかが、きっと大丈夫だと信じさせてくれる。


昼間見た、蓮の花の透明感。泥の中から咲く、あの花のピンクを思い出していた。

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