ライフハック(家に招き入れたハエ編)
やったらいいのにやれへん。
ということは日常のいろんな場面である。たとえば何百行あるエクセルのデータをスクロールしながら上から見始めて、はじめのうちは探している商品はすぐ見つかるやろぐらいの気持ちでやっていたのに見つからなくて、延々とスクロールし続けていること。Ctrlキー押しながらFですぐ検索窓が出せるのに、もう意地になってしまい「あと少し」「あと少し」と念じながらスクロールしかしない。やりはじめたことは止まらない。ショートカットキーなどたとえ知っていても宝の持ち腐れである。
それでも人はいつか思い直す。こんなことしてへんと、前に教えてもらったやつやったらいいやん、と自分で気づく(こともある)。頑なさをやわらかくするきっかけはいったい何なのだろう。
夏場、どこからか湧いてくる小バエ退治にかまけていた。宅配が届いたかで玄関を開けたとき、油断して大きくて高速なハエに侵入を許してしまった。きのうからまだ飛翔していて、部屋の中を音速で飛んでいる。
きっとこういう場合に役に立つ、一瞬で高速蝿を家の外に出す方法があるのだろう。と、そう思うがハンモックに寝そべって、音速のハエの存在を無視して本を読む。音速で壁にぶつかって死ねばいいのにと思うけれど、蝿はどう受け身を取るのか、ハエが硬いものにぶつかって落ちたところなんて見たことがない。
ブン!・・・
何度目かにハエが高速移動したとき、ついにライフハックしてやろうとスマホを手にした。
検索して最初に出てきたのが知恵袋の回答だ。知恵袋ならぬコンビニ袋を手に持って振り回し、ハエが入ったら口を閉じて捨てる、とあった。ベストアンサー。
だがぼくにはライフハックらしく思えなくて実行するのをやめた。人は素直になれなくて、やればいいことをしないこともある。
きのうからいるハエの話を妻がして、
「結構な大きさのヤバいハエがいる」
と言う。
「うん、きのう油断して入れてもてん」
とぼく。
「このハエの種類ってショウジョウバエっていうん」
と妻。
いや、飛ぶのが速すぎて姿も見えないので、種の同定などぼくには無理なのである。
妻よ、ぼくがハエについてどんなことを知っていると思って「このハエ」のことをきいたのか。「このハエ」はぼくには見えない。
ショウジョウバエってよく実験の材料とかになってるのを本で読むよな、でも普段見かけているとして、どれがショウジョウバエなんかな、とそんなことを思っているぼくである。もしかすると妻も同じようなことを考えていたのかもしれないが、妻が使った「この」という指示語の係ろうとする生き物のスピードが速すぎて、「この」は宙に浮いたまま行き場を失っていた。