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書店のビジネス書コーナーが「武器屋」になっていることについて

書店のビジネス書コーナーが「武器屋」に見える。見えませんか。

故・瀧本哲史氏の『僕は君たちに武器を配りたい』以降、実際に「武器としての」などを冠する書籍も多いですし、「◯◯力を身につけろ」とか、競争に勝つための戦略とか、即時役立つスキルとか、ハックとか。瞬間的に心を焚き付けるような自己啓発書を、一時的な起爆剤だとして「ガソリン」とか「栄養ドリンク」などど言う人もいます。

当然、それは必要だから、求められているからあるわけです。資本主義下で競争の世界に生きることから誰も逃れられない以上、戦って勝たねばならないですし。

だがしかしbut、今、働き盛りのわたしたちRPG世代が子どもの頃に学んだのは「攻撃力」と「守備力」のバランスだったはずです。

たとえば、ドラクエをプレイし始めて最初に迷うのは、敵と戦って稼いだ金で「武器」を買うか「防具」を買うかでした。すべてを武器に突っ込むと、強い敵がいる新しいエリアに入ればすぐにやられて教会送りになります。デフォルトの攻撃力は高いが守備力が低い「戦士」は、パーティの中で扱いに困る存在でした。というか、魔法使いとか僧侶とか遊び人とか商人とか、あのパーティのすべての役割を1人で担いつつビジネスの戦場で生きる「ドラクエ1」の勇者みたいな存在が我々ビジネスパーソンです。私たちはみな勇者である。

現実がRPGと違うのは、現実でHPが尽きて病院送りになればすぐには復帰できないということです。一度宿屋で泊まったくらいで完全回復することなどなく、バーンアウトして心身を病んでしまえば、二度と同じ「強さ」で戦えなくなる可能性すらあります。

厚労省の調査によれば、「仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合」は、令和2年が54.2%。令和5年が82.7%。体感的にも、メンタルを病んで休職したりSNSが鍵アカになっていく人は確実にどんどん増えています。数字だけ見ると1億総メンタルダウン一直線です。どう考えてもヤバい。

守備力が低いまま戦場に出ることは無謀である。その単純な概念を自分の分身が何度もゲームオーバーになることで体感的に知らしめてくれたことが、私がRPGから受け取った大切な教訓のひとつでした。

さて、では今の書籍市場における「防具」の役割は何が担っているかと言えば、それは「ビジネス書以外」のジャンルです。代表的なものが文学で、絵本や詩やエッセイもその範疇に入るでしょう。「心理」もそうですね。そういう棚は「防具屋」です。

村上春樹は、エルサレム賞の授賞スピーチで「高く強固な壁とそれに打ち砕かれる卵があるなら、私は常に卵の側に立つ」と言いました。「壁」は、爆撃機や戦車、ロケット、白リン弾、そして体制(システム)のメタファーでした。そして「卵」は、その壁に焼かれ、撃たれる、武器を持たない市民であり、一人ひとりの人間それ自体でした。今年のノーベル文学賞を受賞したハン・ガンの小説もそうですが、文学には多かれ少なかれ「武器ではない形」で人を救う側面があります。

つまり、書店の中には、ビジネス書棚という「武器屋」と、大きく言うと文学棚という「防具屋」がある。「道具屋」や「薬屋」がどこに当たるかは、人それぞれでしょう。

そういう棲み分けがあるとわかっていれば、バランスよく買って読めばいいわけです。戦って得たゴールドで武器と防具を買うように、働いて得た金でビジネス書もそうでない本も買って、バランスよく攻撃力と守備力を身につけて経験値を身につけていけばいい。

けれけれどyet、であります。

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