往く日々と夜(18)(R18)
第十八章 誕生日プレゼント
作者MiyaNaoki 翻訳sekii
「あの………それ………誰からもらったか?」
城戸はしばらく眺めて、迷っていたが、ついに口を開けた。
「え、これ?」
突然の質問に木島は戸惑ったが、城戸が自分のもてあそんでいるクリスタルリンゴを不思議そうに見ているのに気づき、笑って手のひらに載せた。
「そう、それ」
城戸は素直に頷いた。彼は前から聞きたかった。こまごまとしたものが多い部屋だが、このリンゴは特別なもので、すぐに手に届けられ、決して忘れられない場所に置かれていたし、他の置物より木島の手に取る機会も明らかに多いのだ。城戸は本当に気になる。特にさっきのように木島がそれを手に取り、何かの思い出に浸るように眺めていると、いろいろと連想させる。
——恋愛らしい恋愛経験はないって言ってたじゃないか。それまでの無茶苦茶な行動は、来たものは拒まなかっただけか。じゃあ、なんでこんな明らかに純愛の象徴みたいなものがここに現れるのか。自分の考えが、いかに猜疑心の強い夫に似ているかに気づき、城戸は恥じ入ったが、それでも気になった。
木島は興味深そうに城戸の複雑な表情をしばらく眺めていたが、やがて手にしていたリンゴに目を落とし、ゆっくりと謎を解いた。
「これはね…買ったもの」
「ええ、そう!」
あまりにも単純な答えに、質問者はさすがに気まずそうになり、頭を搔いて唖然とした。
「そうだよ。この前、代々木公園のあたりに、立ち寄ったお店で見かけて買った。きれいでしょ」
木島はリンゴを顔の横にかざし、明るく笑った。クリスタルが純潔に輝いていて、隣にいる木島の笑顔は無邪気だった。
「だって、『恋愛世紀』のドラマが大好きだよ」
「なるほど。きれいだよ」
城戸は心からほめる。それと同時に、冷たくて誇り高い木島が本質的に子供だとますます確信した。
昔、木島のことを遊び人だとかおかしな誤解をしたが、木島の放浪はただ漠然のためだけだとのちほど城戸が分かるようになった。木島は誰かを愛したり、愛されたりする必要がなさそうだ。長く一緒に暮らし、あれほど深く肉体関係があっても、城戸は自分が木島に愛されている、または、愛する資格があるのだという確信がない。二人は愛を無視して欲に溺れていただけの関係のようだと感じる。
城戸は木島が世間の愛情に嫌気がさしているのだと思い込んでいたが、かわいらしいクリスタルのリンゴを手にして、純愛ドラマが好きだと言っていることを見て、少しがっかりした。自分が木島のことをそこまで理解していないことに気づくたびに、無力感が密雲のように低く垂れてきた。
木島に誕生日プレゼントを買ってあげるという考えが、それらの暗い雲の中から少しずつ湧いてきたのだ。彼はもともとロマンチックで面白い人ではない。誕生日プレゼントというのは、女性に贈るのであればそれなりに定番があるが、男性、特に木島のように、一見して物が欲しがらないが風格のある人に贈り物をする難易度は地獄レベルだ。城戸はいつも自分の力に見合ったことをやりとげるが、今回は少し執念深い。クリスタルの光に照らされた木島の笑顔が頭に浮かんできて、そうやって普通に喜んでくれるように、何かしたい、したいと城戸がつくづく思っていた。
それに、これまで木島の誕生日をきちんと祝ってあげなかった。
一昨年は1月18日に長野に出張中だった。一日に5軒の書店を回って、疲れてへとへとした。ホテルに戻ってお風呂から上がって時計をみたら、0時までは30分しか残らなかった。四、五回電話をかけても出ないので、城戸は狭い部屋をぐるぐる回って、アシスタントに木島の様子を確認してもらおうと電話する時、作家大先生から折り返して電話がかかってきた。電話に出て、お誕生日おめでとうございますと言おうとしたら、なんだよ、何度もかけてきて、うるさくて眠れないよと冷ややかな文句が受話器からさきに出た。
「もう寝ているか?もしかしたら、またお酒でも飲んだか。」
城戸は訝しんだが、あの人はいつも明け方に寝ているから、この時間帯はインスピレーションが湧いたり、興奮したりしているときのはずだ。そう思うと声まで低くなった。
「飲んでいない。退屈だけだから」
木島はきっぱりと面倒臭そうに答えたが、少し正気を取り戻したように聞こえた。
「どこにいる?帰ってきたか」
「まだ長野にいるけど…電話をかけて」
「ね…………面白い実験……試す?」
携帯電話の受話器から伝わってきた木島の声は急にふわふわとしたものに変わって、妙に心をくすぐる。
すると誕生日お祝いの言葉は、全く言う机会がなかった。
零時を過ぎた頃、枕元の電話から木島の魅惑的なうめき声が聞こえてきた。
「ああ……うむ………もう……はいって……………いいよ…動いて」
城戸は考えることもできず、顔を真っ赤にしたあの男のことで頭がいっぱいになった。ベッドに腰かけ、細長い足を開き、マッサージ棒を後ろ穴に押し込んでいることを想像すると、手の動きが自然に速くなり、鼻息が荒く、抑えた息づかいが小さな部屋に響いた。彼も何か言って、相手を挑発してやろうと思ったのだが、口下手でなかなか難しそうなゲームを操れない。というか、自分はアドリフみたいか。
「ねえ……城戸君………早くしていいか?」
木島の声には、かわいそうな泣き声がある。——あいつ、携帯電話をどこに置いたのか、おもちゃが入ったときに軟らかい肉が圧迫された水音まで聞こえそうだ。
城戸の想像力は、そのあまりにもはっきりした声に刺激され、混乱し、興奮し、声も強烈な情欲の衝撃にかすれていった。
「それより………木島……伏せて……みせて」
「うん………何を見るか………何も………見えないじゃ」
そういっても、向こうは必ず自分の言葉にしたがって、おとなしくベッドの上にうつぶせになり、腰をくねらせ、尻を高く上げ、体をきれいにカーブさせ、腕を後ろに伸ばし、欲望の棒を操り、自分の指示を待っていることを城戸は知っていた。
「始めるぞ……」
城戸の低い声は、灼熱の残り火が脆弱な皮膚に落ちたようだ。狂気に近い摩擦、強い自己破滅の傾向の自瀆。体から絞り出されたような声で、小さな携帯越しに、二人は抱擁し合い、必死に絡み合う。
「あ!あ……城戸……だめ………深い………ううん……………あ!」
ただ声で結ばれた交合なのに、本物の交合よりもさらに刺激的だ。木島の興奮した声調は、しなやかな紐のように、城戸の肉棒と意識を締めつけ続け、城戸はたちまち窒息ほど激しい頂点に達した。
オーガズムのあとの虚しさの中で、ベッドに倒れ込むとき、彼は携帯電話の受話器にぴったりとくっついて、木島のかすかな息づかいを見逃さなかった。
「うん…………よかった……きもち…いい」
満たされたあまり、まだ言えない例の誕生日お祝いを、少し惜しく感じた。
去年はどうだろうか。二人とも家にいたが、あいにく締切に間に合わなく、しかも、二冊の本と四つのコラムがほぼ同時に締切になって、その混乱感は、火山の噴火に砂漠での原爆にマグニチュード10の地震が起こったと同様だろう。
その頃木島は絶好調に入ったばかりで、桃水社以外の出版社からも何社か連絡があったが、木島は何かあったら担当編集者に相談してくれというスタンスだった。担当編集者というのは城戸のことだ。隣に座っている城戸が、数行かのことで向こうと口論になっても、木島は作家としての特権を行使して何かを決めつけたりはしない。城戸にまかせておけばいいと、仏まがいに思っていたのだ。
何よりも恐ろしいのは、城戸がそのようなふるまいをマゾイストのように受け入れ、やがて慣れてきて、木島に徹底的必要されて頼られている使命感が、彼の生きがいの一つでもなった。
しかし、それだけ二人が深く依存するのは、仕事が集中するときは悪夢に違いない。木島側の仕事は、一切人に手を貸すことができず、何から何まで城戸本人に任されるから。一方、いったん執筆状態に入った木島は、コミュニケーションが非常に困難で、話を聞く耳を持たずに夢中になったり、書斎に閉じこもったりしていた。この間腕が痛んだのも、書きすぎたせいだった。
締切当日は二人とも気が遠くなるほど忙しい。城戸は一日中、出版社やデザイン会社、印刷所を回って企画書の整理をして遅くまでようやく帰り、席に着いくと、催促の電話を五、六本受け続けた。
「鬼島先生と全然連絡がつかない!」
「今日中に提出でくれますか」
「これ以上遅らせるわけにはいきません」
「城戸、この間話した例のタイトル、鬼島先生にもう一度確認してもらえますか?」
すべての事務を処理したあと、目の前には星が見え、耳がざわめいているような気がしたが、部屋の中は静まり返っていて、木島はドアの向こうで頑張っているのを知りながら、まるでそこに存在していないようだ。
零時近くになって、さすがに心配になった城戸が、ドア越しにお腹が空いたかと声をかけてみたが、ろくな返事はなかった。午前二時過ぎになってようやく書斎のドアが開き、木島がふらふらして出てきて、今にも倒れそうになり、城戸が迎えに行くと、何も言わずに木島は魂を抜かれたように城戸に倒れこみ、しばらくしてようやく腹がへったと肩の上で呟いた。
心苦しくて仕方がない城戸は木島を半ば抱えてソファに座らせ、ラーメンを作ってあげた。不思議なことに、空腹で言葉をろくに出せなくても、木島はゆっくりと丁寧に食べていた。ただ、残された力が尽きたようで、城戸は食器を洗いに行っている間にソファに寝転んだ。
城戸は彼の疲れた静かな寝顔を見つめ、額にこびりついた髪を何本か手で払い、指が名残惜しそうに彼の頰を撫でて、誕生日おめでとうと誰にも聞こえない声で言った。
というわけで、厳密に言えば、二人はまともに誕生日を祝ったことがない。時折城戸は、木島が世間の気になる記念日をわざと避けているのではないかと漠然と感じる。太陽光にアレルギーになる人もいるように、木島はさりげなく楽しいシーンを拒否している。ただ、城戸は笑う木島を耐えずに想像している。
「城戸先輩!……城戸先輩!……城戸先輩!」
とっさに考え込んでいたところを引つ張り出され、頭をあげると美希の好奇心に満ちた顔に対面して、城戸はー瞬きょとんとした。
「ああ……何?仕事?」
「編集長から、これを渡すように言われました。作家たちの今月の予定表です」
美希は手元の書類を差し出したが、その好奇心は収まらない。
「そうですか……お手数をかけました」
予定表を受け取り、何気なくめくっていた城戸は、ふと思いついた
「じゃあ、仕事にもど…」
「ちょっとまって」
「どうしたんですか。間違いでも…」
美希は驚いて振り向いた。城戸のこんな様子はあまり見たことがないから。
「いいえ、そうではありません。」
城戸はどう口を開くか迷っていた。
「あの…聞いていいですか。」
「えっ?誕生日プレゼントですか?彼女?キャー!城戸先輩はまさか彼女できたんですか?!どんな人?写真、ありますか?」
わけがわからずに屋上まで誘われて相談にのった美希は、とっさにゴシップモードをオンにし、質問攻めに城戸はたじろぎました。
「いえ。それより、まさかってどういう意味?」
城戸は少し頭を抱えていたが、自分の性急な相談に戸惑い始めた。
「ただの友達です。誕生日プレゼントを買ってあげようと思ってますが、僕はそれが苦手で」
「そうですか。だったら、どんな人ですか。男?女?年は?それに趣味は?」
美希が急に真面目になったので、もしかしたら何かまっとうなアドバイスをしてくれるかもしれない、と城戸は思った。
「そうですね、29歳で、男性です。趣味は…お酒、タバコ、読書、音楽かな…」
城戸は文学創作という趣味をわざと伏せていた。そうでないと当てられるし、また、文学創作関係のプレゼントはかなり贈っているから、これ以上贈ったところで何の新鮮味がない。
「どうやら…鬼島先生らしいですよ。鬼島先生じゃないですか?」
美希の顔には、とても微妙な疑念が浮かんだ。
「違います!」
城戸は大声で否定し、自分でも説明が青臭いと思ったのだが、
「ただ…鬼島先生みたいな人だ。いいからいいから、なにかおすすめありますか。」
「鬼島先生みたいな人ですか…神秘的ですね…」
美希はまた、噂好きのような顔をした。
「でも、困りますね。機嫌を取るのが難しそう。送らないほうが安全かもしれないし、下手にすると、逆に印象が悪くなるかも」
「そうですか…」
城戸は拍子抜けしたようだったが、案の定、木島と暮らしていても、別に他人よりもっと木島を理解しているのではない。
「しかし、気になる人からもらったものなら、何でも嬉しいでしょう。私の好きな人がくれたものなら、白紙一枚でも大事にしますよ」
好きな人、か。席に戻っても城戸はそわそわしていた。仕事をしながらプライベートなことばかり考えてはいけないから、城戸は無理に計画表に意識を戻した。1月18日、鬼島蓮二郎、あっ、そうか。ある少し不遜なアイディアが城戸の心の中から浮かんでく。
木島はなんだか変だなと思った。すべてのことが全部説明されていないわけではないのだが、どこか変な感じがした。城戸と出版社で打ち合わせをする約束だったのだが、迎えにきたのはアンパンマンのような丸顔の若者だ。ひどく緊張している様子で、城戸が急用で横浜に行ったことを説明しながら、今日はこの卑屈な北川が鬼島先生と原稿確認をさせていただきますとしきりに謝った。城戸に電話しようと思ったのだが、珍しく出てこなかった。相談事項は括弧の形から書名の字の大きさまで、なんと三ページも載せられたって。
「城戸先輩が、今日中に先生にこれら全部確認していただきゃいけないって」
木島は眉をひそめたが、この新参さんがうろたえるように汗をかいているのを見てゆるした。正直に言えば、桃水社は彼を甘やかしているので、細かいことで文句をする必要もない。しかし、この自己警告が午後に何度も頭に現れたとは思いなかった。城戸との付き合いが長かくて、あまりにも相性がよいせいか、北川さんとのやりとりに違和感がある。十分に説明できたと思っても、向こうがそうなんですか、鬼島先生、ここはこれでいいんですかと連発。木島は心の中で何度も白目をむいている。目の前の人が城戸だったら、白目をむいてもいいが、初めて会う北川の前では、さすがに気を使わないといけない。
そこで、日が暮れるまで原稿の打ち合わせをしていた。北川は例の社用車をこわごわ運転して、マンションの下まで木島を送った。そんなに怖いか、と訊きたくなることが何度もあったが、それを訊くほうのも失礼だと気がしてやめた。階段を上がる時、木島は心が混乱して、もう一度城戸の電話をかけて、やはり出なかったが、家の門に立つと、また突然かすかなべルの音が聞こえた。まさか、ドアの内側から伝わってきた。
「城戸?」
木島はドアを開けた。部屋の明かりは消えていた。返事はなく、月の光だけが薄く差し込んできた。
「ただいま、城戸」
ひとしきり明るく穏やかな音楽の音が、月光のように、この暗い空間に流れ出した。そのメロディーは、木島がよく知っていて、大好きな曲の一つだが、目の前の光景は、木島にとってはあまりにも耳慣れないものだった。
城戸は、あまりにも小さなカップケーキを手にして本棚の陰から出てきた。ろうそくの明かりはゆらゆらと揺らしながら、その顔を、おかしそうに、優しく映していた。
木島はもちろん城戸のやることをわかっているが楽しんでいるわけではない。彼のものではない妙なロマンチックなシーンから逃げ出したくなったが、どういうわけか体が硬くなって、足が動かず、呼吸にも気を遣っていた。
「木島…お誕生日おめでとうございます…」
城戸も不安に、木島が怒って逃げてしまわないかとでもいうように手を伸ばして木島の肩を掴む。そして、互いの怯えたような目つきの中、その腕は滑り落ちて、木島の冷たく震える手を握った。
「何してるか?」
木島の目にはろうそくの火が霞み、風の中の葉のように震えている自分の声が聞こえた。木島は誕生日を祝ったことがない。少年の頃は厳しくて粗暴な父親のせいで家族とはずっと親しまない。誕生日は、一度や二度見送ったら、それ以降も祝いたくなくなるものだ。別に冷遇されているわけではないが、天狼賞をもらったばかりの頃は、いろいろな人が誕生日を尋ねたり、プレゼントをして騒いだりした。断りが下手な木島でも、冷たく対処した。セレモニーというのは、世間の人が虚しい時間を過ごすことに対する飾り物にすぎないし、年をとることは年を取ることで、時間が過ぎたのは事実で別に祝う必要がない。
しかし…なんでいまの木島は頬に温かいものを感じる。涙が溢れたのだ。
「えっ、どうした?」
城戸は一時何をすればいいか分からなくなった。ケーキを手に取っているから手放すわけがなく、またあわてて木島に涙を拭こうとする。
「そんなに嫌だったら、まあ、嫌ならいいんだ」
木島は城戸の慌てる様子を見て、心の中はあの跳ねるろうそくの光にひりと刺さられたように、微かな熱と痛みを感じ、涙を拭いながら恨みを抱く。
「こんな事をするなんて、僕が好きになったらどうする?」
意外に、城戸は黙った。普通の人なら、この時、何か誓いをするかもしれない。例えば、好きだったら、これからも毎年このように誕生日を祝うとか。だが、城戸にとって、このような簡単な言葉は口に出せない。彼がかつて木島に不誠実な態度を示した。そのせいで木島が涙声で彼を詰問、その声と砕けたような悲しげな眼差し、今思い出しても城戸は自分を殺したくなる。自分の言葉を再び嘘にしたくないのだ。それに、木島がそのような俗っぽい約束を必要としているのかどうか、城戸にはよくわからなかったのだ。今を生きるというのが軽過ぎで、誓いがあまりにも重い。
木島は暖かいろうそくの光の中で、目を閉じて願おうとしている。実は、彼は特別な望みがあったわけではないが、愚かな期待だけが一つある。それは長い間、心の中に置いていたもので、願いなのか執念なのか分からなくなった。一時、それは燃やされて灰になったと思っていたが、ろうそくが燃え、音楽が流れる今は、叶う可能性が現れたような気がする。
ろうそくを吹き消しても、部屋の明かりはつきなかった。明るくするか、暗いままにするか、人間は耐えずに二択一をしている。人間の有限性というのもそれだ。選択をしなければならないし、両方選ぶわけがない。二人は明るくもない月の光の中で、その哀れで愛らしい有限性を見つめ合って微笑んだ。
大事な部分が終わると、城戸はすこし気が抜く。ただ、終わるまで、城戸は、電気がついて部屋が明るくなると、それはあたたかい明かりの中に揺れていた。
「これ、プレゼントだ」
城戸は慎重に、恐る恐る、自分の選りすぐりのプレゼントを手渡した。木島はソファに腰掛け、ワインをのみながらカップケーキを食べていたが、城戸の仕草から顔を上げ、プレゼントまであるかという驚きの眼差しを向けてきた。
サプライズではなく、「November Moments」のメロディが流れたところで、プレゼントがあると木島は予想していたが、それでも、ロマンチックなことをするのが苦手な城戸の気持ちに動かされた。城戸がどれほど頑張って自分に日常的な快楽を感じさせようと努力しているのかが、伝わってくる。
木島は城戸の注目の中で、その可愛すぎる贈り物を受け取った。それは蓄音機の形の小さいオルゴールで、手作りの木細工のタッチが優しくて懐古して、巧妙な構造と上手な彫りで人に思わず感嘆させる。ねじを締める時、木島は底に刻まれた文字を見たが、それを注意深く見なかった。城戸の前で自分の心情を明かすのが怖くて、なぜ城戸がわざわざこんなことをしたのかまでも知りたくもない。今の時点でいいのだ。それ以上求めるのは欲張りだ。
一度終わった音楽が、再びやんわりと流れてきた。ジャズがオルゴール独特の、金属感のある音韻で演奏され、感動させる。木島は想い出のメロディに溺けて、しばらくして顔を上げると、目は涙で洗われた少し潤んだ。その目は城戸の心の奥まで見ぬく
「ねえ、城戸君、ケーキ食べたくない」
「ああ、俺は甘いものには…そんなに……」
城戸は吃るようになった。そのように注視されると、城戸はよく何をいうべきか分からない。
「おいしいよ……食べてみるか」
木島は手にしていた最後のひとかけらのケーキを唇に含んだまま、水のように澄んだ目で城戸を見つめる。
本当においしい……落ち着きなく、その唇にせっせと口づけをしながら、城戸は心の中でつぶやいた。あれは蜂蜜レモンのような爽やかな匂いを帯びたしっとりとして、やわらかいキスだった。蜂蜜レモン味は、木島に選んだものだった。彼はその愉快な分け合いを真剣に受け止め、舌先で木島の唇の隅々まで、すべての甘さを探し、自分の口に含んで味わった。
キスをしているうちに二人は自然にソファに倒れ込み、体も自然に組み合わさり、指は組み合わされる。木島は息をはずませ、胸を小さく波打たせ、唇から小さなうめき声を漏らした。城戸は手で木島の頰や耳たぶを撫で、首筋を撫でる。細い髪が心地よかった。
「やる?」
木島は少し照れた。情事を恥じる段階はとうに過ぎているのに、木島は不思議と胸がどきどきして、城戸の深い瞳に頰が熱くなった自分の姿が見えた。
城戸はしばらく木島を見つめて髪をそっと撫でたり、額や目にキスをしたりしていた。やりたくないわけないだろうと、体の反応はあきらかだ。お互いに捨てられない欲望は、もはや言葉で説明するまでもなかった。しかし彼は、この時に得難い静けさと温もりを惜しむ。
「したい。が、今夜はこのままで、いい?」
「うん」
そのままいけばどうなるか、いまはどういう状態か、誰も考えたくないが、体は意志より早く行動する。二人はそのまま抱きしめて、狭いソファで、体や皮膚をできるだけくっつけて、キスし合い、思いのままに撫で、指と唇だけで相手のすべてを感じ取る。
ある時、木島は城戸の温かい胸に顔を押しつけて、ワイシャツの生地越しに、あのはっきりとした力強い心臓の音を聞く。木島はすべての堅く誇り高い鎧を脱いで、裸で、敬虔に耳を傾けて、無防備にささやく。
「どうしよう…もう好きになっちゃったね……」
城戸は無言のまま木島を抱きしめただが、木島の言葉は刀のように彼を内側から引き裂き、肉を裂き、心臓に血まみれな穴を開けた。それでも彼は手を離すことなく、ただ抱きしめた。
この幻の世界が崩壊する時、彼は忠誠無名の衛士のように、不器用に、精一杯木島を保護しなければならない。たとえ永遠の負い目と決別の代価としても。