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往く日々と夜(7)(R18)

第七章 優しい人(下)

作者MiyaNaoki 翻訳sekii

階段を駆け上がってドアを開けたとき、城戸はアルコールの匂いに呟き込み、不安は雪のように重く冷たく身を巻いた。部屋には明かりがついていたが、生気はまったくなかい。木島は体を丸く縮こませてソファに倒れ、そばのサイドテーブルの上には三つのボトルが置かれている。それに、二つが空っぽで、もう一つには、少しだけ酒が残っていた。クソ、と城戸は心の中で怒った。それは木島を叱ったが、自分を叱ったのか、はっきり分からなかった。
「木島…木島…」
城戸はコートを脱いで酔っぱらった人に覆いかぶさり、額や横顔に掌を当てた。木島の肌はアルコールで赤くなったが、幸いに、熱はないようだった。
「木島…聞こえますか…」
城戸は小声で続けた。木島が酔つ払ったら起きにくいことはわかっていたが、その様子で心配するようになった。
木島は何かに気づいたのか、力なく動き、弱々しい意識で硬直した体に抗っているようだったが、結局は力なく敗北した。彼は腕の中のパジャマの皺に顔を埋めて、苦しそうに小さく呻いていた。
城戸はため息をつき、身をかがめて木島をソファから抱え上げ、寝室へと向かった。木島は彼の肩に頭を預け、ようやく自分の言葉を取り戻したかのように、ためらいがちに怯えた声を出した。
「城戸?おかえり」
「うん、ただいま」
城戸は低い声で答え、彼をベッドに乗せ、半分斜めにもたせかけ、酒臭いズボンを脱がせ、押し入れに入っていた新しいパジャマに着替えさせた。その間、木島はとてもおとなしかった。寝息もかすかにしていた。片づけると城戸は彼を横にし、布団を引き寄せてかけさせ、眼鏡を外し、彼のこめかみと髪の間を指でそっと揉んだ。そのあまりにも優しい力で木島の頭痛が和らげられ、意識が甘く美しい夢へと滑った。
「なぜそんなにお酒を飲んだか。体によくないぞ…」
あまりにも落ち着いた雰囲気だったので、城戸の口調もそれだけでやわらかくなった。木島にはお手上げ。まして、木島がこんなにお酒を飲んでいるのは、自分に関係があるのではないかと気がした。
木島はしばらく黙っていたが、眠っているのかと城戸が思ったところで、いきなり「絶交か」とぽつりといった。眉をひそめ、目も赤くして補う。
「僕と絶交して、ここを立ち去るか」。
城戸は呆れたように笑った。たわごとを言っているこの男にお茶を入れようと立ち上がった。確かに木島が毎日のように酒を飲んでいたのを見かねて発した「絶交」の脅しをよく覚えてくれた。
「今度そんなことしたら、絶対絶交だ」
わざと真剣な声を出して、木島に何か威迫を与えると妄想したが、すぐに小指が引っ張られた。
引っ張る力が弱く、一度触れただけでずり落ちて、かろうじてもう一度引っ張るのだが、城戸はその弱い力で釘づけになって動けなかった。
「いや…」
木島の声が後ろから聞こえた。凍った大地に細細と流れる泉のように小刻みに震えていた。
「行かないで…」
「お茶を持ってくる」
城戸はなだめるように腕を振ったが、木島はさらに強く引いた。
「お茶はいらない…ここにいてほしい」
城戸は振り向いて、木島のあげた目を見つめた。得体の知れない哀しみと未練が、その瞳にいっぱいある。彼は一瞬、自分がその中で溺れていくような気がした。彼は木島をしっかりと抱きしめると、その薄くて熱い体を、腕の中にぐるぐる巻きつけて近づけた。彼は実に本能に従って、すぐさま木島の前に立ち去ることのないことを厳かに誓わねばならなかったのだが、あまりにも臆病で、ためらった。
「木島…ごめん…ごめん…」
ごめんね…いつもあんたにごめんを言うのは、申し訳ない…苦い後ろめたさが城戸の胸に渦巻いている。木島のにあるわだかまりがぼんやりと見えながらも、怯えすぎて振り向き、何事もなかったかのように毎日を過ごしていた。
「ね、城戸…君のこと…欲しい…」
城戸は黙ったまま、木島をさらに強く抱きしめた。彼も木島のことがほしい。あそこが痛くなるほど張り詰めていた。彼と木島の間には何千万本もの強い糸がつながっていて、相手の動きがそのまま呼吸につながっていた。木島はいつも簡単に城戸の欲望を呼び起こし、城戸を理知のない動物に変身させる。
「城戸は…子供が好きでしょう」
木島は城戸の肩に寄りかかって、うわごとのようにいう。
「彼らを抱いて、彼らにキスして、彼らのほっぺは柔らかくて、綿あめのようだ。彼らは希望に満ちている……僕とこんなふうに、わけのわからないまま、ごろごろしていても、なんの望みもない。だが、僕とやるなら、楽しいでしょう。だったら、やろう……いますぐ…」
「そんなこと言わないで、お願いから、そんなこと言わないで」
城戸は心の中で切に懇願したが、胸の痛みに声を上げることができなかった。この人をごちゃごちゃにしてやろうとか、あの人の高慢な頭が垂れているのを見たらどんなに満足だろうと想像したこともあったが、今はあの時の自分を殴りたくて、木島をそのような自己否定の苦境にしばしば陥ったのは、自分のせいで、許されない罪だ。
僕のような人間に何の価値があるのか、と城戸は情けない思いをしたことが何度もあった。木島にそこまで信頼され、大切にされているのに。すべてに感謝し、自分を献げるべきだった。しかし自分はあまりにも貧しく、このような愛情に報いるに足る何物もなくて、しかし簡単に身をひねることができなくて、それで、これらの定義できない曖昧な関係が続く歳月の中で、彼は木島のすべての注目と付き添いを、依存と頼りと不本意に解釈した。
木島のような人は、ただ誰かが付き添えばよかろう。小説を書く以外何もできない木島は家事をしたくないし、それに時間を使う必要もない。やってくれる人に依頼心ができるわけだ。
城戸にとって、このような生活がいつ終わるかわからないが、そうやって頼りにされていると、ときどき満足して、またありがたく思った。木島が喜ぶなら、どんなことでも、いくら些細なまたは具体的なことでもやる。
そして今の城戸は、具体的なことしかしたくない。彼は木島の顔を捧げ、唇をくわえて吸い、むせるようなウィスキーの味を吸い込んで、木島と一緒に酔おうとした。木島の柔らかい舌が城戸を迎え、絡み合い、その口づけはさらに深まり、まるで二本のロウソクが熱く滴り落ちて離れないように、魂の奥に鮮やかに刻み込まれていった。
舌をギュッと咥え込まれると、木島はうんうんと鼻を鳴らして城戸のボタンを外した。あれだけ酔っていると、それがうまくいくはずもなく、焦って襟元をひっぱったり、鼻歌の音がひどくなったりする。
「動くな​…俺、動くから…」
城戸は唇が埋まって、はっきり発音できない。彼は木島の頭を支えてキスするように木島を横に寝かせた。それから、木島の気にさわったシャツなどを、すばやく全部ひっぱって、木島の着替えたばかりのパジャマを脱がせて、丸裸になって、木島の体の上を覆った。二人はぴたりと近づき、皮膚が燃え、心臓も激しく鼓動していた。城戸は木島の首に顔をうずめて木島の息を飲んだ。冷たい香水の匂いと熱いアルコールの匂いが混じり、甘いお酒のようだ。
木島は上にいる人を抱きつき、耳を、首のうしろのごわごわした毛髭を撫で、熱くて硬い性器を自分に当てる。肌の密着と撫での中で濃密な憂いが溶けて、暗い夜やほてった空気に溶けていった。木島は体を城戸の胸にくっつけ、足を開いて城戸が動きやすいようにしたり、腰を上げて二人の性器を摩擦させたりした。それはほとんど無意識的で、遠い昔に呪縛されたようだ。情欲に溺れる木島は城戸にしがみつくことしかできなく、離れる自由がないのに、城戸に出会って何よりの幸運だった。
木島が全身全霊に依存することが、城戸に支配欲を生み出したのだ。指であそこに突っ込んで、木島を広げてやりながら、いつになく強引に、もう一度木島の唇にキスをして、今度はその柔らかい唇を歯の間に挟んで、軽く噛んで、丸ごと口に含んだのだ。吸うと血の匂いまでして、その激しい動きに木島はうめき声をあげ、唇は赤くなり、下はますます濡れ、城戸の指を奥へ誘い、締めつけられた感触で城戸はぞっとした。
「入るよ…」
城戸は木島の耳元で囁き、木島は彼の首に手を回し、彼の頑丈そうな腕を撫で、腰に足をかけることで首肯の意思を示した。
城戸は深く息を吸い込み、木島の膝を少し持ち上げ、ゆっくりと、しかし力を込めて中に入り、少しずつ、皺を広げ、汁を絞り出し、自分の性器をまるごと木島の中に入れ、隙間を作らないようにしっかりと押し当てた。
「あ……ああ………大きい……」
木島は強烈な裂け目に叫び声を上げたが、その声は相変わらず未練がある。情事で城戸を困らせたことは一度もなく、ときには本当に痛くて死にそうになっても、体が正直に歓迎するふりをして、城戸の自己コントロール能力を試すだった。
城戸はなだめるように木島の目や頰や首にキスをし、腰や尻を軽くこすって、彼をリラックスさせようとする。木島の内側はあまりにもきついので、少し動いただけで痙攣してさらに狭く収縮し、城戸はもう少しで我慢できなく射精しちゃいそうになった。性器がいくぶん膨れ上がり、二人とも息が止まってしまった。「リラックスしてくださいよ…」
仕方なく、これでは動けないから、城戸は追い詰められたような気がして、木島に頼んだ。しかし木島はどうすればいいのかわからず、痛みと快感でさらに緊張し、やみくもに動いたら、逆にさらに深く突き刺されて、あまりの痛みに諦めたように首をかしげ、目尻に涙を浮かべていた。
下半身の快感で理性がぐしゃぐちゃになり、背中や額には熱い汗をかいていたが、城戸は木島の様子を見て、それを気にせず続けることができない。彼は木島の涙を唇でふき、耳たぶをふくんで優しく舐め、硬くなった乳の先に指をぐるぐる巻きつけた。
「リラックスしろ、木島…」
城戸は根気よく、かすれた声であやしていた。
木島は彼の動きに合わせて縮こまったり、伸びたりする。すべての知覚はあの人の支配下にしか存在しなかった。喉と鎖骨が焼き付けられ、乳の先が揉まれて熱くなった。震えと恍惚の中で本能的な警戒心を失い、体が春の雨に濡れた土地のように柔らかくなった。
「いいよ」
木島は城戸の背中を叩き、息づかいの合間に、動いていいと注意した。
城戸がそれに応えるように仕草をすると、彼は奥に埋めていた性器を、すこしだけゆっくりと引き抜いて、すぐ最後まで突き出した。瞬間の衝撃は、さっきよりもさらに深くなったようで、木島はなにか音を発したが、それ以上の声が喉に詰まった。そうやって何秒か止めて、やっと息が切れた。いい、と息を切らしながら、城戸の肩にキスをするのは、何かの合図と励ましのようだった。
交わわりでは、絶頂に達するために、彼らはわざと別の人格を出すことが多い。例えば、城戸はよく上から言いつけるようなものの言い方をしている。足を高く上げろ、膝を開きなさい、オナニーをしろなどと厳しく命令するが、その夜はそれもいわなかったが、暴君のように乱暴に振る舞った。体の大きさで木島を抱き締め、身動きが取れないように押さえつけ、下半身は引き抜きのベースを上げ、キツイ小路をめちゃくちゃに走り回り、ありえる限りの隙間を全部広め、無言のまま木島を砕こうとするようだ。
その突進の最も激しい時、高揚した快感は体内のアルコールを再び燃やし、木島は一種の混乱と失神状態に陥った。彼はただ本能に従って、無茶苦茶な撫で方と美しい呻き声で欲望を訴えたが、体を制御することができなくなった。意識の朦朧とした彼は完全に受け身になり、城戸のなすがままになっていた。そして、城戸が何かをしたら、ストレートに反応していた。木島の汗まみれの体は、いつも以上に敏感になり、感覚神経全体が城戸の性器にくくりつけられているようだった。
目を半開きにして、まつげをぶるぶる震わせる木島は一番敏感なところを突かれると、目が急に大きく見開かれて、城島とまっすぐ見つめ合うが、ぼやける。いつもの高慢でかしこそうな様子が消えて、本能しか残らないが、城戸はそれをかわいがると同時に興奮して、動作がますます強くなった。
「あ……うむ……」
体のうちのどこかが繰り返して強く刺され、木島は混乱した意識の中でオーガズムに達し、城戸の下腹部に熱のこもった液体が吹きつけられ、二人の密着しすぎた体位と少しもゆるまない動きのせいで、ところどころ擦り付けられた。
「あ……ゆっくりして……城戸……ゆっくり……」
欲望が吐き出されると、木島は少し目が覚めたようで、城戸の動きの激しさをより鮮明に感じ、下を突き刺されそうになり、内臓が潰れそうになったが、止める気がない。城戸が木島の話を聞いて少し動きを緩めると、満足せずに腰を上げてしまうまでの未練を、木島は正直に認めたくなかった。
「うむ……うーん!……」
最も奥ですべての欲望が放たれているとき、城戸が低い、愉快なため息をついた。こんな時、彼はしばしば自分に嫌悪感を覚える。体の極度の満足感が、精神の巨大な空洞を際立たせていた。まだ完全にふにゃふにゃになっていない性器を慎重に引き抜くと、木島は反射的に痙攣した。城戸は怪我をさせたのではないかと心配になった。
しかし木島は、彼を咎める気は全くなく、朦朧とした意識で、依然として力なく彼の腕にしがみっき、その未練を残す姿は、まるで軟らかく鋭い刃のようだった。
城戸は風呂場で簡単に洗い流し、熱いタオルを絞って木島の体をきれいに拭いてから、ようやく安心して横になった。木島は横を向き、微妙な距離を置いて城戸の胸に手を置いた。
特に意味がないかもしれないその動作が、また城戸の胸を締めつけた。狂ったセックスに溺れていなければ、木島の彼への体の接し方は、いつもこうやってつかず離れず、不安と探りに満ちていた。彼はいつも体の接触を求めていたが、軽いハグやしっかりとした抱きしめではなく、頭を寄せて城戸の肩にしばらくしがみついたり、城戸の手の甲や胸にそっと手をかけたりして、まるで自分が要るのはこれだけだ、これでいいのだ、と言動を慎むようだ。
城戸には、木島がなぜそんなことをしたのかよくわからなかったが、哀しみと情欲に満ちた夜にふと、これは慈悲なのかもしれないと思った。もともと木島には、自分をこの関係から抜け出せないようにしっかりと縛る機会も能力もあるのに、今では俗っぽい自由を求める自分を放任し、ただ遠くに一本の細い糸を握っているだけで、自分を失う恐れを心の中に積み上がっているだけだ。
そう思うと城戸はまた胸が痛むような気がして、思わず木島の手を掴んだが、その手はか細くて長く、骨太で、自分の心の動かすような文字を書いたりして、彼のささやかな人生をひっくり返したりすることもできる。
暗闇の中で城戸は体がひどく疲れていたがなかなか眠れなかった。寝返りを打とうとしたが、木島を起こすのではと心配した。とうとう我慢できなくなって、そっと起き上がり、リビングに行ってタバコを吸った。
夜ならではの静かさで、時間の経過音が聞こえそうだ。ライターのかすかなカチッという音が、あまりにも目立つ。城戸は何口もタバコを強く吸いこんだ。灰が薄黄色のタバコ箱に落ち、払う暇もなく、肺の中でキツイ煙が渦まき、一気に出される時喉が少し痛むのは、生きている証拠だ。彼は悩みが多いという気がしたが、それほど具体的な悩みではなく、ただ立ち上って、まもなく消えていく煙のような空しいもので、最後には寂しさだけが残っていた。
机の上に置いた携帯電話の画面が開いたままになっている。実家の母からのお見合いの話だ。さっき急いで帰ってきたので、受信箱を見るのを忘れてしまったが、今は深夜で、読んでも返事を控えなきゃ。それに、返事をしたくても返事ができない。婚約が破棄されてから、母は余計に緊張して、以前は催促の言葉を送っていたのに、今ではあちこちのお見合いの情報を探して送ってくるようになり、回数が多くなると返事に困り、わかりました、行きます、としか答えられなかった。実際、城戸は一度も行ったことがないし、行く気もなかった。
前回のことがあって、これ以上自分が動揺するようなことをしたら、木島はどうなるのか、考えたくなかったのだ。木島が怒ったり悲しんだりしているのを見たいから、いつも罪悪感を持って、母親の気遣いをごまかしていた。かつて、木島は城戸のことを、誰の期待にも応えたいと思って生きている人間だと評価した。誰の期待にも応えたいことは簡単ではない。
何本ものタバコを吸ってしまうと、すっきりしたようで、城戸はやはり少し眠たほうがいいかと、ふと寝室のほうをちらりと見ると、声をあげそうになった。
木島はドアの前に立ったまま、ドアの枠にもたれかかり、まだ目が覚めていないように眉間に皺を寄せていた。驚いた城戸を見ても、何の反応も示さず、ふらふらとこっちへ歩み寄り、テーブルの上を手探りしているうちに、グラスがひっくり返りそうになった。
「どうしたか」
城戸がタバコを消して迎えに行った。
「水が飲みたい…………」木島がへなへな返事をして、よろよろと蛇口を捻ってコップに入れようとする。
「深夜に冷たい水を飲まないでください。胃が痛くなるから」
城戸はそう言いながらコップを受け取った。
木島は口をへの字に曲げ、何も言わず、水槽にもたれて、城戸が湯を沸かすのを眺めた。城戸は戸棚を開け、小さな缶を取り出し、中身をコップに入れて溶かし、甘い香りを漂わせた。ココアか、と木島が思った。やっぱり城戸は人を感動させるのが得意なやつだ。
彼はその甘い温かい飲み物を持って、たどたどしい足取りでソファーに座って、猫のように身を縮めた。下半身の痛みと疲労がどれほど恥知らずなセックスをしたかを思い出させた。目が覚めて城戸がいなかったことがさらに気になった。一瞬、あの人がいなくなったのではないかと、怖くなって、あわてて起きあがったが、急に破裂したような痛みに転びそうになった。
幸い、城戸はリビングでタバコを吸っていただけだったので、心配そうだったが木島はほっとしていた。彼はまだ手の中の細い糸を緩め、聖人のように闊達に城戸を遠ざける準備ができていない。いっぱいになった灰皿と、机の上の携帯電話に目をやった。携帯のメッセージはコンテクストがないが、わかりやすい内容だった。彼はコップを握りしめて小さくため息をついた。
「やっぱり城戸君は優しい。残酷なくらいに…」
わけがわからない言葉のようだが、城戸はすぐわかった。彼は凡庸な情けなさを改めて感じ、自己嫌悪に陥った。木島の隣に平然と座り、膝に肘をつき、深く頭を下げた。
「どうしよう、木島、俺はどうすればいいか……」
木島はコップをグッと握った。それは自分の本意ではない。できることなら、過去も未来もすべて捨てて、気楽に今を楽しみ、幻の星の輝きを見たいと思うが、悔しさと憎しみを表わしてしまうをどうしても我慢できない。本当に最低だ、自分は。こんな二人も、最低だ、だったらいっそ、もっと堕落してしまおうと思った。
木島は首をかしげ、こっそりと城戸を見てゆっくり声をだした。
「いいんだ。そういう君を、僕は好きだよ」
ふと顔を上げた城戸は、その澄んだ瞳と向き合って、桜吹雪のあの日と同じように、再び自分が見透かされているような気がした。彼はソファに釘付けにされて、逃げ出したくないし、それもできなかった。二人を繋ぐ細い糸が血管の中をくぐり、筋肉を締めつけ、筋脈に結び目をつくっている。彼はどんなに高い空にも飛びたくなくて、この目のために、彼は喜んで地面に飛びついて、恥をかかされて粉々に砕かれて塵に落ちても。
木島が彼の緊張した凝視の中で、薄く微笑んだ時、城戸は突然とんでもないことを考えた。このような関係の果ては何だろうか。二人で一緒に奈落の底に落ちていくしかないようだ。


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