行く日々と夜(1)(R18)
前書き
FODドラマ「インディゴの気分」EP6。「君のそういうところ、僕は好きだよ」と告げる木島を、城戸は「ぐちゃぐちゃうるせんだよ」と言いながら畳に倒した…
告白した木島と、木島のために結婚と転職を諦めた城戸。波瀾万丈な恋愛を経験して、深く愛し合っている二人はなぜ別れなければならないか。ぞれは前作(物語内の時間から見れば後の話ですが)「ポルノグラファー」があって、二人は別ける運命だと分かっても、納得できない。このギャップを補うために、多くの中国のファンが同人小説を書いている。中に、多くの賞賛を得たのが、MiyaNaokiさんの長編同人小説「往く日々と夜」(原作タイトル「往日与夜」)だ。作者の承諾を得て日本語に翻訳している。
城戸と木島が「微妙な関係」を持つ時期にある、不安、苦痛が混じった深い愛着を想像する感動的なものである。ぜひご一読をください。
行く日々と夜
作者MiyaNaoki 翻訳sekii
第一章 担当編集者
「オーガズムと同時訪れる灼熱の痛みは、その暗紅の烙印とともに朱里の胸に永遠に刻まれる。死ぬほど孤独な寒い夜に、その炎は彼女の胸中でほのかに燃え続けていく。彼女は知っている、この喜びと苦しみが彼女の一生を共にすることを」
「……」まで書くと、筆がすこし乾いた。が、最後だから、インクを吸い込む必要がない。筆先は原稿用紙を隔てて机とぶつかり、微細なシャッシャッの音を立てた。木島は筆を置いて、指の関節を動かして、しょぼしょぼした目をもめた。締切りがもう目の前で、最近の2週間は毎日夜更けまで書いていた。インスピレーションに恵まれると、考えが逆に筆に引き回され、疲れると感じる暇までもない。完成した途端、疲れはタバコの煙のように、軽く体を包み、さらに全身に広がった。
木島はタバコを持って窓際まで歩いた。一服して眠気を覚まそうとしたが、ためらってようやくやめた。空は黒に近い紺色で、星が一つもない。この都市は眠っていて、諸々の夢が虚空に漂っていた。
外されたメガネと一緒に、ベッドテーブルに置かれたHOPEのタバコ。近くに黄色いアメリカスピリットがある。ここの住人はものを勝手に置きがちで、そのせいで大きくないベッドテーブルがいっぱい。木島はベッドの向こうから薄い布団に入り、わざと体の向きを変えて、背中からぐっすり眠っている城戸を抱く。
「なあ、編集者さん、原稿、書き終わったよ」
彼はゆったりと熱い息を城戸の背中にかける。
熟睡している人に話しかけるから、返事があるわけがない。それでも、木島は不満を覚えた。腕の輪を小さくして、冷たい (1/11) 足で城戸の両足の隙間に模索し、足の指で隙間に沿ってふくらはぎを擦った。最初は猫ちゃんのマッサージみたいに触ってみただけだったが、それからはずばり、相手の両足を分けて差し込み、体もぴったりと城戸のそれと合わせた。体の十分すぎる接触でしか木島が満足させられない。
背向いて寝ている城戸はわかったようでわからないような唸り声をあげたが、足がぎっしりと挟まれるようになったからして、拒否ではなさそうだ。
「城戸……」
抗議の声だが、木島の唇が耳に何センチしなく、口調がとても軽い。
突然、天地がひっくり返った。城戸はぐっすり寝ているはずなのに、いきなり寝返りを打ち、深夜にちょっかいをかけるやつを体の下に押し付けた。
木島はぱちぱちとまばたきをして、無理やり夢から引きずり出された城戸をじっとみつめて、申し訳ない気持ちがけとうない。
「どうした?」
城戸は眠い目を半開きにして、仕方なさそうに木島を見た。
「もう、いま何時?」
「おそらく、4時前後。そういえば、寝る演技がどんどん下手になっているよね、き、ど、く、ん」
わざとゆっくりした口調は誘惑の下心を見せた。
城戸は長いため息をして、どうしようもなく、顔をしかめるしかない。
「鬼島先生は夕方まで寝ていられるし、俺は明日も仕事だから……」
「ねえ、明日、遅く出勤してもいい?僕、原稿を書き終わったので、確認と修正するから」
木島の指が城戸の腕に触れ、すべすべとした足も勝手に動いて、気があるようにないように城戸の肝心なところを擦っている。ふくらはぎ、ひざ下、太ももの内側、さらに上……
城戸は動揺しはじめる。仕事で嘘をつくのは城戸のやることではないが、木島のこの提案は厳密にいえば嘘ではない。作家を訪ねて原稿の打ち合わせをすること自体が担当編集者の重要な仕事なのだ。
「今回の作品は、僕自身とても気に入るよ。担当編集者さんの評価を楽しみにしている」
木島は相変らずにこにこ笑った。明かりのついていない部屋。外から染み込んでくるぼんやりとした光によって、木島の笑顔がかすんでみえるが、水色の波の中で、半ば幻想的な色を広げて何かを待っていた今にも咲き始めている睡蓮のように城戸の瞳に映った。
それだけでも情欲がそそられた。城戸は、頭も体も何かに引っ張られ、いきなり俯いて、木島の唇を乱暴に咥える。口付けられた冷たくて柔らかい花びらはだんだん温まってきた。
急に始まったキスだが互いの愛着と迎合のなかで、切なくなり、二人の唇が濡れてくっつき、その一つひとつが互いの魂をつなぎとめる。木島は次第に自分を失う儚さを楽しんでいく。城戸の無性髭のぐちをこぼしながら、舌の先をさらに奥に送って巻いた。体まで思わずによじり、パジャマの裾から差し込んだ城戸の手を歓迎する。
ざらざらした温かい手が、腹や腰をなでまくってきた。ほどよい温度と強さで、木島は雲の上にいるように気持ちがいい。タコができた城戸の指が、まるで本のページをめくるように木島の体に触れる。すこしずつ開かれ本に、裸で純粋な愛が現れた。
「ま…まって…」
木島はパジャマの上から城戸の手を掴んだ。唇と舌の絡まり合いも急に止めた。焦げつくような熱の塊は寒々とした空の中で、息を切らして小刻みに震わせていた。
「今日は…これで…」
さっきのキスですっかり弱ってしまったかのように木島は軽く喘いだ。その青白くて細い指が、城戸の頬や顎や喉仏のあたりを、懐かしそうになぞった。「城戸君は……明日も仕事だろう?」
城戸は一瞬ぽかんとして、すぐに笑った。自分の欲望が爆発寸前にあることはわかっている城戸はこのずる賢い、馬鹿なやつを甘やかす気がない。彼は紳士のように木島のパジャマから手を引っ張り、髪の間に優しく指を入れて撫でた。木島の髪の毛は柔らかくて、微熱を帯びて湿っていて、幼い子供のそれのようだ。
「だよね…早く寝よう鬼島先生、おやすみなさい」
城戸は木島に背を向いて大人しく寝た。さっきの長くて熱烈なキスは、ただのおやすみキスにすぎないようだ。
暗闇に、木島はまばたきをした。城戸がすばやく自分のいたずらに慣れてきたなんて、すこし意外だ。波乱万丈な過去で、二人は互いの性格を十分理解したが、それを深い会話を通してはっきりさせたのではない。それに知らないふりをするのが多い。
楽しそうに躍っていた情熱がだんだん消えていくのを木島は少し寂しいような、どこか情けないような気がして、安らかに眠っている城戸の背中を見て、少し怒ってさえいた。
「ねぇ……」
空気に向かって話しているようだったが、向こうが聞いているに違いないと木島は確信がある。
「ちょっと寒いから、手をつないでもいい?」
「うん……」
城戸は鼻を鳴らし、はっきりとした返事はしなかったが、ひっくり返って仰向けの姿勢になり、ゆったりと、手を木島がつかみやすいところに置いた。
木島は彼の横顔を見つめて、その恍惚とした静けさでますます悔しくなった。さっきまではそれほど情熱的なのに。木島の指は一本一本、意味ありげに城戸の手の中にもぐりこみ、手のひらの中をひっかいたりして、さらに手首の筋脈の凹凸に沿って、指が上を探し、腕の上を撫で廻し、まったりとした小蛇のように這っていた。
それをしながら、木島は城戸の横顔をずっと見つめた。城戸が目を閉じて口をしなくても、自分のやったことは何かが効いていると木島は信じる。
すると、城戸はぱっと目を開けて、くるりと背を向けて、ろくに寝てもいない人をひっぱってきた。流れていた暗流は、突然、堰の切れ目を見つけて、それを切ったようにすべてを飲み込もうとした。キスは順序を問わずに木島の目や鼻の先、頬、唇に落ちた。水位がすこしずつ上がって、息も涎も、すべてが飲み込まれた。
木島は満足して笑った。彼はその曖昧で親しみの潮の中でのびのびとして、充実していくのを感じた。城戸の濡れた舌が右の頬を舐め、こめかみの下の微妙な部分をこすったとき、全身を激しく震わせ、抑えきれないほどのうめき声をあげ、足先がひきつるような快感に打たれた。
「鬼島先生はやっぱり、これがお好きなんだね」
城戸は当然のように木島の反応を感じ取った。これが体を重ねる時の木島理生の魅力だ。普段は冷淡でマイペースに見えても、いったん欲望に操られると、その美しい肉体はどこまでも素直で、刺激や悦びに対して、最高の反応を示してくれる。
ほとんど潤滑を必要とせずに入ってきた城戸は、息をはずませながら肉棒をさらに深く挿し込みながら、木島の首をなぐさめるように撫でている。木島はすっかり震えていて、細い声だけが喉や指の間から断続的ににじみ出ている。最初のあの夜の緊張は時間の経つにつれてとっくに消えた。それがいいことなのか悪いことなのか、二人には考える余裕もない。
「うん……うん……ああ…………城戸……そこ……そこ……もっと……」
木島は指と足で城戸の肩を強く引いた。それだけ城戸と繫がりたい。二人が本能に駆られ、失序の愛欲の中に沈んでいる時、木島はいつも城戸を抱きしめ、引きとめ、触れてキスし、あらゆる力で城戸を引き留める。まるで城戸がこの世界の最後の浮舟だ。
狂暴な衝撃のあと、城戸はその細い路地の先にあるやわらかい場所を突いて、すべての熱い欲望を発散させ、胸を激しく上下させた。木島はそこに汗で濡れた頭を当て、髪の毛が皮膚につけて、城戸と一緒に汗を垂らした。二人の唇はいつの間にかまたくっつき、吸って、転々として、ちゅるりちゅるりと音を立てた。途中で何かを言い合うのかとお互いに思ったが、半ば抱き合ったまま眠りに落ちるまで、それ以上は何も言わなかった……5月もそろそろ終わり、夜はますます短くなった。
その日、木島は夕方まで寝ていたわけではなく、事実、いつもより少し早く目を覚ました。目を開ける前に、木島は部屋の中の気配を耳にしたり、横に手を伸ばしたりしていたので、実際に目を開けるときはそれほど失望ではない。それでも、冷えきった布団とちらつく空っぽさが少し胸を締めつけた。
そもそも、その引き留めの言葉はどうでもいい冗談として受け止められて当然だ。律儀な城戸が、木島の一言で勝手に生活のリズムを狂わせるわけがない。そんな要求は、今の二人の関係からして失礼かもしれないが、ただ木島は神妙なことに、口にしてしまった。
それが時に木島が城戸を憎む原因でもある。もともと、木島は朝と午後と深夜の完全な閉鎖的な空間の一人占めに慣れていた。が、城戸が唐突に彼の生活に入ってきて、すべてを乱してからまた退場しようとした。
今日になって、すべての始まりは深夜の街で放浪して社用車に乗ってしまったからか、素行不良な二人が超えてはいけない一線を超えてしまったからか、木島は遡りたくない。それを考える意義がないのだ。それに、考えると、頭にはいやらしいシーンばっかり浮かび上がる。
蒲生田先生のお葬式の後、この狭いマンションのソファで、また罪深い社用車の後部座席で…本能に従った全身全霊の抱擁や交わり、聞くに忍びない淫らな音。すべては乱れて積もり、作家鬼島の創作の材料になる。そして、木島理生のいつまでも一緒にいるという幻想を諦めたくない原因にもなる。
食卓には例の味噌汁やおにぎり、おかずが作ってあった。最近、木島は原稿を急ぐため、食事はますますごまかしている。帰宅した城戸は何度も、置いてある料理が触れられる気配がないのを見て、愚痴をこぼしながら、木島を食卓まで引っ張った。ああ、自分は編集者さんにあまりにも心配させてしまったか。木島は珍しく、自省するようになった。
スズメの涙ほどの申し訳ない気持ちで木島は食卓に座って、責任もってこれらを食べようとする時、玄関には馴染みの音が立てた。鍵が回される音やドアが開けられる音、靴底と地面のぶつかる音、そして、城戸の低くて愛しい声が入った。
「えっ、起きたか!お食事?」
城戸の顔に喜びが隠せない。窓を通して部屋に差し込む太陽の光はその顔を照り輝かした。木島は夢中にその顔を眺める。
「さめたから、温めてあげよう」
城戸はコートを脱ぎ、シャツの袖を肘まで上げて、慌てて食器を台所に運んだ。まるで、木島のさっきの話を悔やむのを恐れるようだ。木島は光の中で輝く引き締まった腕を見て、突然顔が熱くなった。
「なんでこの時に?」
木島は自分の変な反応をごまかすために、本棚の前まで歩いて、詩集を出してめくる。
「出勤したじゃないが、皆勤賞さん」
「朝礼に出て、今日は作家訪問と原稿の打ち合わせがあるって言っといて…それで、お前が机に置いてある原稿をも持っていったよ。まだよく読み終わってないが、前の二章はさすが素晴らしい。朱里が暖炉の前にEDの旦那と交わるシーン、そして雪の中で愛人と密会するシーンは、イメージと雰囲気の対比がとってもインパクト的…」
「城戸…」
木島は声を高くして、ペラペラと喋るあのやつを止めた。城戸が作品を客観的に評論しているのに、木島はわけがなく恥ずかしくなり、まるで千万の蝶々が羽ばたいているように心が騒いだ。
「む?」
城戸が驚いてぼんやりしてしまった。もしかしたら、自分が何かを間違えたか、と自己反省した。お椀を持ちながら立ち止まって苦悩している様子を木島が楽しんだ。
わがままな作家は仕事について話したくないだけなのだ。詩集を置いて、食卓まで歩く木島は頭を上げた。
「お腹すいたんだ」
暖かい食べ物が腹に入ってから、騒ぐ心もすこし落ちづいた。さっきは、飢えがもたらした錯覚かもしれえない。真面目に食べることはひさしぶりだ。それまで、木島は食事を生存の基本要件として履行していたが、この陽光が溢れる真昼に、食事は自己満足でもあることに気づいた。食事をすることは、欲望を満たすもっとも日常的で粗末な行儀だ。それに、このような慰めをしてくれるのは、やはり、城戸士郎だ。
例の飼い主は今すぐそばに座って、眉をひそめ、タバコを吸いながら、木島が深夜描き終わった原稿をめくっている。その表情が妙に変わっていて、時々歓声を上げた。
「お前、本当に天才…」
どこまで読んでいるかわからないが、おそらく朱里が秀一に胸に焼きつけてほしい段落だろう。城戸は原稿をしばらく置いて、信じられない目つきで木島を見つめていた。
「あのじじぃは何の魔法をかけたか。二冊の官能小説しか書いていない新人小説家の作品に見えないほど素晴らしい!」
「お言葉ありがとうございます」
木島はいつもの通り平気に喋ったが、城戸はそのやや上げた口元に気づいた。
「ただ…」
城戸は引き続き原稿をめくり、話が中途半端で止まってしまった。
木島は眉を顰めて、お椀を食卓に置いた。
「ただ、なに?」
実は、木島は編集者の考えにすごく気にしていた。いや、この編集者さんの考えに。
「前に決めた印数が足りないため、鬼島先生は…サイン会の準備をしといたほうがいいと思うよ」
城戸は顎にある無精髭を撫でて、あえてそう言った。
「そんなもの、いらない。面倒くさい」
木島は仏頂面をして味噌汁を飲み、さっき余計に緊張したことを悔しく思った。
「そうだよね、鬼島先生の身分はまだ秘密だし、まあまあ、今の時代は何でも安易に知られるから、神秘感を持ったほうがファンを惹きつけやすい……では、初回限定のサイン入りバージョンを出よう。表紙は野沢先生にお願いするから」
担当編集者の城戸ははしゃいでページをめくりながら、勝手にそれを決めた。このようなやり取りはいつも寂しくて寒いこのマンションに、ほんの少しの生活のあたたかい雰囲気をもたらしている。
暖かいお椀を口に寄せて、眉や目、鼻と唇は全部食べ物のいい匂いに囲まれた木島はだんだんある事実を受け入れた。それは簡単な言葉でまとめられなく、ここにいる二人のすべての情緒、動作、言葉のやり取りを含めた現状全部というものだ。
それが自分と城戸の、官能小説家と編集者の関係だ。
木島はゆっくりと味噌汁を美味しく飲み干した。