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呪いにかかっている自分に気付くとき

相変わらずNetflixにお世話になっている私に朗報が届いた。なんと『逃げるは恥だが役に立つ』のドラマが鑑賞可能になったのだ。

視覚記憶が強い私は、一度、観ると割りと覚えてしまうが、このドラマだけは何度も観返してしまう。

あぁ……何度目だろうと思いながら、早速、観た。

面白いことは勿論あるのだが、なにより日本における結婚観や男尊女卑の文化へ疑問を投げかけるところがいい。

女性だから、家事を負担すると誰が決めたのか。夫の浮気くらい目を瞑ることが子供のためになるのか。男らしさとは何なのか。主婦の価値とは。

さまざまな当たり前にある違和感を言語化、映像化してくれていて、私は好きだ。

最終話で主人公みくりのおば、ゆりさんが若い女性に言うセリフがある。

『私たちの周りにはね、たくさんの呪いがあるの。
あなたが感じているのも、そのひとつ。 
自分に呪いをかけないで。
そんな恐ろしい呪いからは、さっさと逃げてしまいなさい。』

私は娘を出産したとき、解放されると思っていた。未婚で誰からも選ばれないこと、女性として子供を出産するリミッターを意識することなどのプレッシャーから無縁になると。

しかし、実際、出産を終えて私の目の前に現れたのは、解放などではなく、別の壁だった。

悪意のない言葉を無遠慮に投げられる。

母乳で育てているの?
出来る限り手作りの離乳食をあげないと。
母親の時間が減ってしまうのは、当然のこと。
寝かしつけで子守唄は必須。

ただ私が子供を出産し、母親になったというだけで周りの目は変わり、声かけが変わり、態度が変わる。

さらに私が未婚で出産したことに拍車がかかる。

近所のあるお爺さんは、私が未婚の母と知ってから、態度がよそよそしくなった。挨拶しても、素っ気ない。あれだけ早く結婚して、親に孫をみせてやれと話していたにも関わらずだ。

母親になったからといって、私の人格が急変することはないし、考えが一変するわけではない。寧ろ変化していく体や環境に適応することで精一杯だった。それでも周囲の目はすでに一人の母親としか映らない。

30代になり、同年代と話をしていると、結婚していないことへのプレッシャーをもらす声を聞く。私も少し前までそうだった。

けれど、子供を出産し、母親になれば、また別の壁やプレッシャーがあるだけで何ら変わらないことに私はようやく気づいた。

子供をもち、親になったと思えば、一人っ子は可哀想だと言われる。結婚する気も相手もいないのに子供のためにもいい人を見つけろと言う。一方でシングルマザーで恋人がいると、母親のくせにいつまで女でいる気だと陰口を叩く。

友人に私はぽつりと呟いた。
「周囲の声ってさ、結局、私が結婚しようとしなかろうと、言われるんだね。終わりが無い」

友人は鼻先でふっと笑った。
「そうだよ。だからこそ、自分のやりたいように生きるんだよ」

友人は結婚しておらず、県外で一人暮らしをしながら、自分の声に忠実に生きている。

このときになって、友人は呪いにかからなかった人だったんだなと思った。
私は気付かないうちに自分に呪いをかけていた。

この社会には多くの呪いが存在する。それらは意識しないと気付かないほど、透明で身近に存在する。

ゆりさん! 私もかかっていたよ!

ドラマを観返したことでそんな自分に気付けた。私も呪いから逃げていこう。いいや、向かっていこう。

そんな気持ちになれたお正月でした。

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