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おろかものとおろかもの 12
暴力は、常に理不尽に発動する。
ただ、そこに至るまでのプロセスは、恐ろしく緻密で技術的で論理的だ。
つまり、暴力を行使された側からすれは不条理であると感じるのだが、暴力を行使する側には、そうならざるを得ない状況と、筋道と、理屈があるということだ。
中華料理店の軒先に自分の居場所を決めてから6時間後、つまり東京の上空にミサイルがダンスを踊って7日が過ぎたころ、佐藤は後頭部を何者かに強く殴られた。
鈍痛。遅れて血の味を感じる。不意に殴られて、口の中を噛んだのだろう。
首筋から襟足の上部にかけて、かあっと熱くなっている。
痛みで体が動かない。地面に前のめりに倒れ、悶絶するしか出来なかった。
不埒者は佐藤が持っていたグレーのビジネストートバッグを漁り、一通り確認して、中身をごっそり持っていった。コート、上着のポケットを確認し、財布の中にあったクレジットカード、現金を抜き去った。
佐藤は意識が遠のきながらも、自分のスマートフォンだけは離さずに手に握りしめ、腹部に隠すようにうずくまった。
佐藤は、眠っていた。
回りの光に目が刺激され、重い瞼を開けた。
佐藤はパイプ製のベッドの上に体を横たえていた。頭には包帯が巻いてあり、頸にはコルセットが付けられている。
状況を把握しようとゆっくりと起き上がる。
殴られた頭部に痛みはあるが、我慢出来ないほどではない。首が固定されているので、視線を左右にめぐらす。
建物、ではない。何か簡易的な、大型のテントのようだ。カーキ色の天幕から蛍光灯が灯っている。
ベッドは佐藤が寝ているベッドの他にも、左右に複数台ある。このテントは大型のようだ。見たところ、佐藤の他に患者はいない。
右目側に光がある。入口の光だと、分かったその時であった。
人影だ。
「目を覚まされましたか?お加減は如何ですか?」
透き通るような声。硬い調子の少し訛った日本語だった。女性の声だ。
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