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おろかものとおろかもの 8
空は相変わらず真っ黄色だ。都庁方面から火柱がこうこうと灯っている。
海斗は父親の指示通りに様々なものを自分のカバンに詰め込んだ。特にクレジットカードは自分の財布に入れて、暗証番号を何度も頭の中で復唱した。
父親に絶対に他の人間に見せてはいけないものだ、と念を押されて、父親の部屋にある電子金庫の鍵のありかと認証キーを同じように指示を受けていた。
直方体型の金庫を解錠する。中にはクレー射撃用の2連装式ショットガンと薬包が入った箱、コンバットナイフがあった。書類の束らしきものもある。許可証の類だろう。
父は警察内の射撃の大会で優勝もしたことがあるほどの腕前だ。部屋にはトロフィーや盾が何個もある。海斗は手ほどきを受けたことはなかったが、海外旅行で一度だけハンドガンを射撃場で打ったことがあった。
コンバットナイフは趣味のキャンプの時に使うものだろう。海斗はこれに関しては、何度も父親から扱い方を教えて貰っていた。木の削り方、肉・魚の切り方。火打石の使い方。
海斗は深く深呼吸をして、長銃を専用のナイロン製ケースに入れ、コンバットナイフはカバンの一番取り出し易い位置に押し込んだ。
海斗と惠と流がマンションを飛び出して、駅に向かおうとしたときには、いつもの街は姿を変えていた。
一斉に一定方向に動く人。車。クラクション。怒号。小競り合いの声。
大人も子供も老人も、ある一定の法則に乗っ取って移動しようとしていた。駅に向かっているのだろうか。
海斗は少し考えこんで、人の流れとは反対側に進んで、幹線道路を歩きだした。
道路はすでに様々な車で渋滞していた。余り進んでいる状態ではなかった。
だが、ヒッチハイクをするには好都合だった。海斗はのろのろと進んでいる車のドアを叩いて、片っ端から声を掛けて行った。惠は海斗の手を握りしめ、流は海斗のダウンジャケットの袖を縋りつくように持ってついて行った。
色々な事情の人がいた。家族連れで、子供がいる人。上品な老夫婦。みんな混乱していたが、自分たちのことで精一杯だった。完全な無視をするひと。あからさまに嫌な顔をされ通り過ぎるひとがほとんどだった。申し訳なさそうな顔をするものもいたが、多くのドライバーが自分たちの目的達成の為に3人を乗せないまま過ぎ去っていた。
新宿方面はまだ紅く染まり、上空にはいくつもの軍用飛行機が飛び交っている。人の波は止まない。海斗はめげずに渋滞中のドライバーに声を掛け続けた。
まだ寒さの残る3月下旬、手はかじかむ。惠と流の顔が赤くなる。
やっと海斗は一台の長距離トラックに同乗することが出来た。運転手は、海斗からの申し出に対し、目を瞑ってしばらく考えたあと、海斗に助手席に回るように伝え、二人の幼い姉弟を先に持ち上げて運転席の後部スペースに座らせた。
運転手は加納と名乗った。寡黙だが、優しく丁寧な言葉遣いの40前後の男だった。ダッシュボードの上には、自分の子供だろうか、幼稚園くらいの男の子と映った写真が飾られていた。
幸運なことに、加納のトラックは、東京から日本海港湾を目指したルートで魚を運搬する予定だった。新潟は経由地なので必ず通るという。海斗の申し出を快く了承してくれた。海斗は何度も何度も頭を下げた。
車内には助手席に海斗、後部スペースに惠と流が乗り込んだ。海斗にしがみつけなくなって、流は惠にしがみついている。惠は目を真っ赤にしているが、じっと前を見据えている。
首都圏を抜けるころには日付が変わっていた。いつもは1時間もかからないそうだ。
流は既に横になって眠っている。惠は緊張状態が取れないのか、うとうととしながらもまだ前をじっと見ている。
少しリラックスするといい。加納の言葉に感謝するように、海斗は助手席のシートに深く体を沈めた。
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