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おろかものとおろかもの 6

「海斗さ、これでもうお前の家に直接電話しなくていいんだよな」
「とりあえずは。でも、俺のやつ、SIMカードはいっていないから」
「わかったよ。ネットが繋がるスポット限定だな。」
「まあだいたいは海斗か妹ちゃんが出てくれるけれどさ、やっぱ緊張するもんな。家の電話に直接、っていうのは。」
「そりゃどうもすいませんでした」
悠からの問いかけにそうやって海斗は答えながら、インストールしたアプリを何個か触ってみた。
芦沢悠は、小学校からの同級生で、途中クラス替えなどで離れたりはしたが、ここ9年間ずっと親友であり続けた。
家から近いわけでもなく、自転車で15分以上かかる高級マンション街の一角が悠とその両親が住む家だ。両親は医者だ、と言っていた。海斗は悠の部屋でベッドに腰掛けていた。


海斗の周りには適度に、自然に同級生が集まるが、悠は少し時間がかかる。
男の子なのにとてもきれいな顔立ちで、涼し気な目元が却って同じ年の少年少女には近寄り難い雰囲気を出しているせいだろうか。初対面の相手には冷たく見えるらしい。学校の成績は、頭一つ飛びぬけている。
それに対して海斗は陸上で日に焼けた顔をしているが丸顔で、どこか幼さを感じる顔立ちだ。海斗の方が、同級生の心を男女ともにつかみやすいのだろう。
時間が経てば、悠も普通の15歳の少年なのだ、と周りから認識される。というか、海斗を介してそう理解される。同じように冗談を言ったり、ゲームで遊んだりする。そしていつしか二人はクラスの中心人物になる。
海斗にとって悠は大切な友人だ。誰に対しても態度が変わることがなく、公平であることが長く友達でいられる理由なのかもしれない。
悠にとって海斗も実は同じだ。自分に対して、普通の15歳の男の子でいてくれる。周りは何故かあまりそう思ってはくれないみたいだが。
悠は、そんな海斗の誰に対しても穏やかで、且つある種の物怖じしないことろを、ひそかに認めていた。
悠は早くから、両親からスマートフォンやPCを買い与えられて、情報端末に幼いながらも精通していた。自分でアプリの制作も出来るようになったなんだぜ、と自慢されたこともある。悠の両親は本当のお医者さんというよりは、医学と情報工学を扱う研究者なのだという。

海斗にとっては、自分の初めてのiPadを使いこなすには、格好の講師というわけだ。
彼に言われるまま、いくつかのアプリケーションをダウンロードし、後々役に立つと言われたサイトをブックマークし(その中には、比較的穏健で危険性の低いと悠が証言したポルノサイトも含まれていた)、電子書籍を親から貰ったポイントで購入し、その他あまり知られていないアップル製品に共通する操作性だとか創業者であるスティーブ・ジョブスの偉大さににまで悠が講義を始めようとした時に、不意に悠のiPhoneからJアラートが鳴り響いた。

【北朝鮮西岸と、東シナ海沿岸より複数のミサイルが東北地方、北陸地方、東京都中心部に発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難してください。】

海斗と悠は、二人でiPhoneの画面を覗き込んだ。前にもあったけどな、と悠は呟いたが、声は上擦っていた。

【さきほど、この地域の上空をミサイルが通過した模様です。落下物の恐れがありますので、窓の多いビルや建造物には近寄らず、頑丈な建物や地下に避難してください。不審な物を発見した場合には、決して近寄らず、直ちに警察や消防などに連絡してください】

続けてアラート音と共に、緊急避難メールが画面に浮かんだ。

冗談ではないのだろうか、海斗も悠も半信半疑だった。しかし。何か不穏なことが起きようとしていることがようやくわかってきた。
妹と弟が心配だ。海斗は直ぐに自分のカバンを引っ手繰ってiPadを詰めてドアノブに手をかけた。
「すまん、家に帰る。惠と流が心配だ。」
「俺も父さんと母さんの大学病院に行ってみる。後でLINEを送ってくれ。」

海斗は悠の家を飛び出した。身支度を手早く行う悠の部屋からは、先ほどから災害時の緊急警告音が鳴り止まない。
iPhoneが壊れてしまうんじゃ。悠は真剣にそう思った。

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koniise
現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。